「江戸川乱歩作品集Ⅲ」江戸川乱歩

私が江戸川乱歩の面白さにハマったのは今年のことであったが、そのほとんどが明智小五郎を主人公とした探偵小説ばかりであった。そこで今回は少し毛色が違う作品を求めてみた。すなわち、乱歩のエロ・グロ・ナンセンスが散りばめられた変格(推理)小説の部…

「聖アウスラ修道院の惨劇」二階堂黎人

優れた建造物は優れた物語を産み出す。それも時に優れたキャラクターよりも雄弁に物語を語る、と私は思う。ルブランの奇岩城も、カーの髑髏城も、乱歩の幽霊塔も、宮崎駿のカリオストロの城も綾辻行人の館たちも、あれらの建造物なくしてその物語は輝かない…

「首無館の殺人」月原渉

とある屋敷の一室でひとりの女が目を覚ます。ぼんやりとする頭で周囲にいる人間を見回すも、どの顔にも見覚えがない。女は記憶喪失になっていた。女は自分の名が宇江神華煉ということ、ここが横浜の祠乃沢という地にある斜陽の貿易商・宇江神家の館であると…

「鉤爪の収穫」エリック・ガルシア

男の子なら遺伝子レベルで無条件降伏してしまうようなものがこの世にはいくつかある。恐竜もその最たるもののひとつだろう。恐竜図鑑を見てそのスケールと造形のダイナミックさに胸打たれずに大人になった子どもがこの世にどれだけいるだろうか。そして、私…

「体育館の殺人」青崎有吾

私のこれまでの長くも短くもない人生の中で1日に2冊の本を一気に読み切ったことがあっただろうか。私が1番文学少年というか路地裏ラノベ少年をやっていたのは中学2年のときだったが、それでもあまりそういう経験はなかったと思う。少なくとも記憶にない。で…

「探偵は教室にいない」川澄浩平

昨年はやはり屍人荘の殺人の年であった。ネタバレ厳禁の斬新な基本設定(その禁はいまだに守られている。ミステリ畑の人間の義理堅さに頭が下がる)に包まれた確かな本格ミステリ。口コミで人気に火が着き、普段は鮎川哲也賞作品をスルーするような書店でも…

「埠頭三角暗闇市場」椎名誠

舞台は近未来。中・韓連合による大規模ゲリラが同時多発地盤崩壊作戦を決行し、十大都市全域が崩壊した「大破壊」を経た日本。経済も政治も中・韓連合に乗っ取られ、微細生物や病原菌がうようよする黒い雨が降り、異常進化した人語を解するヘンテコな野生生…

「帝都探偵大戦」芦辺拓

「いいか、おれたちをここまで連れてきたものーー」 「お前たちが捕まえられるきっかけとなったものーー」 「誰にも知られることなく、見られなかった悪事をーー」 「白日の下にさらけ出し、裁きにかけるに至ったものーー」 「貴様らには未知であろう、その…

「そして五人がいなくなる」はやみねかおる

自分が人生で一番最初に読んだミステリ、一番最初に出会った名探偵が誰か、あなたは覚えているだろうか。江戸川乱歩の明智小五郎か、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズかアガサ・クリスティのエルキュール・ポワロか。青山剛昌の江戸川コナンや天樹征…

「キッド・ピストルズの冒瀆 パンク=マザーグースの事件簿」山口雅也

山口雅也は私にとって他に変え難い特別な作家の一人である。彼のデビュー作である生ける屍の死は、死んだ人間が生き返る世界という死人に口なし、故に謎有り、という殺人事件の大前提を高らかに蹴っ飛ばした怪作であり快作であった。その衝撃はミステリを読…

「王とサーカス」米澤穂信

ナラヤンヒティ王宮殺害事件。2001年、ネパールの王宮にて王太子ディペンドラが国王ビレンドラを含む9人の王族を射殺し、自らも自殺した事件。この衝撃的なニュースによって世界各国から注目され、国民に激震が走り悲しみの底に落ちていたカトマンズにフリー…

「第四の扉」ポール・アルテ

1987年。日本では綾辻行人が十角館の殺人でデビューし、社会派ミステリに押されていた本格ミステリを華々しく復興して新本格ブームを巻き起こしていた時と同じくしてフランスでは本書が刊行された。幽霊、密室、不可能犯罪。かの黄金時代の巨頭ジョン・ディ…

「夜を希う」マイクル・コリータ

「血に濡れた夜がなければきっと、ここへ辿り着けなかった」 なかなか印象的な帯の惹句だ。私は作者のマイクル・コリータのこともこの作品の名前も全く知らなかったが、この帯に惹かれて手に取ってみた。 フランク・テンプル三世。朝鮮戦争で銀星章を授与さ…

「アックスマンのジャズ」レイ・セレスティン

「恨みを抱えた人間なんて、ニューオーリンズにはごまんといる」と言った。そのうちルカを見つめて、シーツにこすりつけていた石鹸を持ち上げた。「そういう気の毒な連中を集めてぎゅっと握る」節くれだった細い指で石鹸を握りしめた。 「そうすりゃ悪魔がで…

「元年春之祭」陸秋槎

以前、13・67の感想を投稿した際に私はこれからは中国系ミステリを目にする機会が増えていくかもしれない、なんてことを言った。13・67を読んだのが昨年末の大晦日であったから、その再会はとても早く訪れた。しかも、本作は二匹目のドジョウなどでは到底な…

「コードネーム・ヴェリティ」エリザベス・ウェイン

1943年、第二次世界大戦最中のドイツ占領下のフランス。そこではイギリス特殊作戦実行部員の女性諜報員がナチスによって捕らえられ、厳しい尋問を受けていた。彼女は冷酷な親衛隊大尉とイギリス軍の無線暗号や空軍の情報を明け渡す取引に応じる。祖国の裏切…

「名探偵の証明」市川哲也

ひとつのジャンルが生まれ、多くの作品が編み出されて膨張していくうちにやがてジャンルは熟成していく。そうすると、どのジャンルでも内への問いかけ、ジャンルの根源にあるものへの考察に重きを置かれていくようになっていく。ミステリというジャンルにお…

「エラリー・クイーンの冒険」エラリー・クイーン

波乱万丈の精神的な冒険を送る修道僧そのもののエラリーは、人生を気に入っていた。そしてまた、探偵(本人はその呼称を心から嫌っているのだが)でもあるので必然的にこのような人生を送らざるを得ないのだ。 (「ひげのある女の冒険」より抜粋) これまで…

「きみといたい、朽ち果てるまで」坊木椎哉

「新人賞の原稿を読んで、こんなに泣いたのは初めてだった。ーー傑作である」 こう言ったのは綾辻行人である。本書は日本ホラー小説大賞の優秀賞を受賞したらしいが号泣する綾辻行人というヴィジュアルが想像すると強烈で、興味を惹かれたのでホラー小説には…

「動く標的」ロス・マクドナルド

作者の生み出した私立探偵リュウ・アーチャーのシリーズ第1作。本作はポール・ニューマン主演で映画化され、彼は先に売れっ子作家となっていた妻のマーガレット・ミラーに肩を並べることとなる。 美しい渓谷の街サンタ・テレサを訪れた私立探偵のリュウ・ア…

「殺人論」小酒井不木

先日、長らく行きたかった京都の糺の森にて毎年行わなれている下鴨納涼古本まつりに大学時代の友人と後輩の三人で行ってきた。私は5年半にも及ぶ怠惰な大学生活を京都で送ってきたのだが、この催しにはとんと縁がなかった。それは大学時代の私が本に対しての…

「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」

今更語るに野暮なトム・クルーズの代表作であるM:Iシリーズの第六作目である。前作ローグ・ネイションから引き続き、クリストファー・マッカリーが監督を務めている。 以下、多少のネタバレを含みます。 IMF(Impossible Mission Force:不可能作戦部隊)のエー…

「幽霊男」横溝正史

私たちの世代はやはり金田一少年世代なのでその祖父である金田一耕助も当然大好物である。しかし、長い間、横溝正史の金田一耕助の作品群は読むもの、というより観るもの、というあまり褒められた読者ではなかった。というのも、金田一耕助と言えば黙ってい…

「IQ」ジョー・イデ

日系人作家ジョー・イデのデビュー作で、エドガー賞の最優秀長編賞にノミネートされたのを皮切りにアンソニー賞、シェイマス賞、マカヴィティ賞のミステリ新人賞を総なめにした話題の作品だ。 アイゼイア・クィンターベイ。LAのロングビーチの黒人コミュティ…

「フィルムノワール/黒色影片」矢作俊彦

神奈川県警捜査一課の刑事でありながら警察の規律や仲間意識に乏しいハードボイルドな一匹狼。今日は非番だと嘯き、周囲の声を聞き流して自分が狙いをつけた事件を追って横浜の街を歩く。その姿はまるで往年の私立探偵。日本のチャンドラー、矢作俊彦が生み…

「歌う船」アン・マキャフリー

なんとなく女の子の話が読みたくなって、積ん読の中から引っ張り出してきた。本作の主人公はヘルヴァ。生まれつき畸形であった彼女は申し分のない頭脳を認められて、肉体を捨て去り、脳を金属の殻に閉じ込めた殻人(シェルパーソン)として生きることとなる…

「ミステリー・アリーナ」深水黎一郎

毎年大晦日に放映される国民的娯楽番組「ミステリー・アリーナ」。出題された推理小説の真相を出演者同士が推理を競わせ、正解者には莫大な賞金が与えられる。今年は属性不問、厳しい選抜を潜り抜けた14人の真のミステリマニアたちが勢揃い。そんな彼らに与…

「『クロック城』殺人事件」 北山猛邦

またか、という感じだけどそれくらい面白かったんだよ、北山猛邦。と言うわけで氏の『城』シリーズの記念すべき一作目である。最前の感想で言った通り本作で氏はメフィスト賞を受賞した。 舞台は太陽からの磁気嵐によって1999年9月に世界が滅亡することが判…

「縞模様の霊柩車」ロス・マクドナルド

ある日、私立探偵であるリュウ・アーチャーの事務所に退役軍人のブラックウェル大佐とその美しい後妻が訪れる。二人の娘のハリエットが素性の知れない画家の男をメキシコから連れてきて、のぼせ上がっているという。ハリエットは実の母親に捨てられて以来屈…

「狩人の悪夢」有栖川有栖

有栖川有栖をワトソン役に据えた氏の作品は学生アリスシリーズと作家アリスシリーズがあるが、本作は後者である。推理作家のアリスと臨床犯罪学者の火村英生がホームズ役に犯罪のフィールドワークとして事件を解決する本シリーズは今作で25周年になる。その…