「べにはこべ」バロネス・オルツィ

 

バロネス・オルツィと言えば安楽椅子探偵の先駆けである隅の老人の作者であり、綾辻行人十角館の殺人の登場人物でミス研メンバーの気弱な女性オルツィのイメージからミステリ作家だというイメージが強く、このべにはこべもドイルにおける失われた世界とかルルーにおけるオペラ座の怪人みたいな感じでミステリ作家(と、自分が勝手に思ってる)の他ジャンル作品みたいな印象しかなかった。ところがどっこい、読んでみるとこれがまあ面白かった!

舞台は1792年9月、フランス革命下のパリ。ロベスピエールやマラー、ダントンなどが力を持っていた革命政府がかつての支配階級である貴族たちを次々とギロチンに送り、自由市民たちの間に狂乱と恐怖が蔓延し花の都と呼ばれたかつての栄光を失っていた。そんな明日とも知れない命の貴族たちを華麗に救い出すイギリスの秘密結社が暗躍していた。秘密結社の名はべにはこべ。イギリスの若い貴族たちで構成されたべにはこべは謎に包まれており、特にその首領の正体は誰も知られておらず、イギリスからは熱狂とともに、フランスからは憎悪とともに迎えられていた。

フランスの名女優であり、現在はイギリスに嫁ぎ、社交界の中心人物となった絶世の美女マーガリートの前にある日、革命政府の走狗でべにはこべ壊滅のためにフランスの全権大使として渡英してきたショーヴランが現れる。ショーヴランはマーガリートの共和主義者の兄アルマンが革命政府を裏切り、べにはこべに協力的な活動をしていることを示した手紙を手に入れ、彼女にロンドン社交界に潜むべにはこべの首領を探し出すように彼女を脅迫する。脅迫に応じなければ兄の命はない。しかし、彼女はかつて兄を貶めた貴族を密告によってギロチン送りにしてしまい、そのことで夫である貴族パーシー・ブレイクニーとの間に深刻な確執を抱えていた。彼女は葛藤を抱えながらも孤軍で舞踏会で立ち回り、べにはこべの正体を探るも、やがて彼の夫に疑いを持つようになり……。

宝塚歌劇団にどハマりしているこの頃である。たまたま大劇場で観た作品がトップに紅ゆずると綺咲愛里を擁する星組の公演で、落語を下敷きにしたコメディチックに軽妙な異色作であった。そこで、次はより重厚で素人考えで宝塚っぽい作品が観たくなった。そうして選んだのがスカーレット・ピンパーネル。このべにはこべを原作にブロードウェイでミュージカル化したものを宝塚が潤色した作品である。

宝塚版はパーシーがスカーレット・ピンパーネルとして活躍する様を描いた冒険活劇であったが、べにはこべはマーガリート視点で描かれている。マーガリートは機知に富んだ自立的な女性であり、ロンドン社交界一の洒落男で道化のようなパーシーのことを侮っている。彼との恋愛時代の甘い思い出を大切にしながらも現在の冷え切った夫婦仲に失望している。当初はどこまでも自分本位な考え方で行動するマーガリートだったが、やがてショーヴランに追い詰められ、ひとりきりで憔悴していく中で、自分の中の夫への愛に気づき、自分の本心をパーシーにぶつけ、彼との愛を取り戻そうとするところはロマンスに溢れていて涙を誘う。

そして、もうひとりの主人公であるパーシーも魅力的である。イギリス有数の金持ちで背が高く、眉目秀麗で装いは社交界の流行の最先端を行く、非のうちのどころのない洒脱な貴族でありながらその顔にはしまりない笑みが絶えず浮かび、自ら道化じみた振る舞いを好む愚鈍な男。しかし、それは仮の姿でその正体はヨーロッパを震撼させる強靭なべにはこべの首領その人なのだ。彼はマーガリートの許されざる行いを知り、その鉄壁のような自制心をもって彼女との間の愛を封印して仮面を被ってしまう。しかし、彼女の熱い想いをぶつけられ、その仮面を脱ぎ去り、愛馬にまたがって敵地フランスへと乗り込んで行くシーンのかっこよさ。べにはこべの女にされてしまうこと請け合いである。

スカーレット・ピンパーネルを観たときのこれぞまさに冒険活劇!と予想していたものよりは硬派で地味であったが、べにはこべの正体に迫るひとつひとつのシーンの手に汗握るような緊張感が凄まじく、ハラハラドキドキはミュージカルに負けていない。そしてイキイキとした女性の熱のこもった心理描写にも引き込まれる。また「今ここに老人が通らなかったか?ばかもーん!そいつがべにはこべだ!」みたいなシーンも純粋に楽しい。

結論、原作もミュージカルも両方十全に楽しめた。両方おススメです!

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