「探偵AIのリアル・ディープラーニング」早坂吝

 

人工知能が人間とバディを組む作品は数多あり、いい感じの作品を列挙しようにもこれもあるー、あれってそうだったけー?とフロッピーディスクにすら劣る記憶容量しかない自分なんかザルのように零れ落ちてしまう有様だ。そんな一大ジャンルと化した人工知能界に新たなニューヒロインが誕生した。それが《探偵》のAI・相以である。

日本有数の人工知能研究者・相尾教授が自宅のプレハブ小屋で焼死体として発見された。警察は事故死と判断するも息子の輔はそれが殺人事件なのではないか、と思い、父の遺品を検めていたところ、SDカードを発見する。SDカードをパソコンに挿入したところ、中から現れたのは流暢に話す美少女のアバターであった。美少女アバターは自らを《刑事》AIの相以と名乗る。彼女は相尾教授がとある事件の真相を探るために造った双子の姉妹AIの片割れだと説明する。相尾教授は《犯人》のAI・以相に犯罪を犯させ、《刑事》のAIの相以にその解決をさせることによりお互いを切磋琢磨させていたという。さっそく輔は事件現場を相以に見せ、真相を推理させるが、相以はAI特有の問題にぶつかってしまう。その後、1000冊の推理小説ディープラーニングした相以は《探偵》AIとして生まれ変わり、鮮やかに事件を解決する。しかし、事件の背後には世界をAIによって造り替えようとするテロリスト集団と犯罪立案者の以相が暗躍していた。公安や刑事のバックアップを得た輔と相以は敵と対峙するためにAI探偵事務所を開き、犯罪捜査に当たって相以のリアル・ディープラーニングを行なっていく…。

主人公と犯罪に立ち向かう人工知能といえばナイトライダーの喋る車のK.I.T.T.があるし、犯罪に与する人工知能にははやみねかおるの怪盗クイーンシリーズに登場するクイーンの親愛なる友人・RDがいる。しかし、《探偵》AIと《犯人》AIの姉妹がホームズとモリアーティのようなライバル関係として同時に登場し、その知能を戦わせる、という本書のコンセプトは王道だが今までお目にかかったことがなく面白い。本文でも2人の関係をAIに馴染み深い囲碁に喩え、以相が黒として先手の犯罪を打ち、相以が白として解決を打つ、という描き方をしていて、なるほど、と思った。

本書の魅力は可愛く賢い《探偵》AIの相以ちゃんのヒロインの強度だ。しかし、この美少女AI、ただかわいいだけではない。人に相似したものでありながら、相似という単語から人を抜いた相以という名を持つ彼女は初めは人間らしい思考能力、配慮を欠いている。しかし、さまざまな事件や人との関わりをリアルでディープラーニングしていくうちに人間に寄り添い、往年の名作推理小説に登場するような名探偵に近づいていく。そこが堪らなく愛おしい。

また一見、昨今濫造されているミステリの名を冠したキャラ小説のような装いだが、中身は本格ミステリとしての確かな骨格を備えている上にフレーム問題やシンボルグランディング問題、チューリングテスト中国語の部屋など人工知能に関わる様々な諸問題が事件と密に結びついていることに唸らされる。

往年の名作推理小説だけでなくミステリ漫画などへの言及も楽しい(スパイラル~推理の絆~の評価はその通り過ぎて噴き出してしまいそうになった。そして小説版は本当によく出来た本格ミステリに仕上がってるんだ。アレルヤ)。

初期の西尾維新のような二つの名を持つテロリストたちには少し苦笑してしまったが何だかんだで愛せてしまったし、続編への期待を持たせるラストだったので期待して待ちたい。サクッと読めてお腹いっぱいになれるのでオススメです。

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