「ピアノ・ソナタ」S.J.ローザン

 

ABC(American born Chinese:アメリカ生まれの中国人)の女探偵リディア・チンとアイルランド系の中年探偵ビル・スミスの私立探偵コンビがニューヨークで起きる事件を捜査するシリーズの第2作。本シリーズの特徴は一作ごとに物語の語り手がリディアとビルの二人で交代していくところにある。

本作の語り手はビル。警察官の叔父を持ち、ベトナム戦争では海軍として従軍。その後、私立探偵となる。相棒のリディアを深く愛し、ピアノソナタを時計を組み立てるように弾きこなす。

物語はニューヨーク、ブロンクスの老人ホームの警備員が深夜に殴殺されたことに始まる。殺しの手口から犯行は地元のギャングの仕業とされたが、被害者のボスでビルの叔父は釈然としないものを感じる。被害者とも浅からぬ関係にあったビルは叔父の頼みとあって事件を捜査するべく問題の老人ホームへ潜入調査を行うが…。

前作、チャイナタウンは女探偵リディアが語り手であり、タイトル通りにチャイナタウンが舞台となっていたが本作はブロンクスが舞台である。ブロンクス禁酒法時代からアイルランドとイタリア系移民のギャングが栄えた地域であるが、近年それらの移民が他の地域に進出した後に増加しているのはプエルトリコやドミニカ系の黒人やヒスパニックである。彼らの多くは貧困層であり、犯罪率も非常に高い。ビルと親交を深める元ギャングの青年も「ここには勝つやつなんていないのさ」と諦めを込めてビルに警告する、そんな街だ。将来に希望のない若者たちは自然と連帯し、仲間以外から奪うことによって仲間を護り、犯罪に手を染めていく。知識のない子供たちは薬物とエイズに汚染され、死んでいく。そんな街にあって隔離されたように清潔なホームは異質で、それを取り巻く慈善家の大人たちも口では美辞麗句を並べるが、その肚の中は仄暗い。ビルは様々な正義を疑いながらも独自の調査を続けていく。

前作はアメリカで生きるチャイナガールの溌剌とした作風だったが、本作は王道ハードボイルドの私立探偵もので武骨そのものである。また、前作ではジョークが達者な頼り甲斐のあるナイスガイ、といった印象だったビルが、その内実は非常に繊細で孤独な傷ついた中年男性であるという新たな発見がある。そして、前作では自らの非力さを呪っていたリディアがビルにとって非常に大きな精神的支柱となっているのがわかる。これは語り手が交代している構造がもたらす面白さであると思う。この二人の決してゼロにもイチにもならない距離感がヤキモキさせるしキュンとくる。

物語は悲劇的な結末を迎えるが、ビルは傷ついた体を引きずりながら事件の関係者のもとを尋ねて回り、後始末を行なっていく。その後始末が実に粋で、非常に爽やかな読後感があった。

ローザンは本作でアメリカ私立探偵作家クラブ賞であるシェイマス賞を受賞している。またリディアが語り手の天を映す早瀬でも同じく同賞を受賞している。同じ作者の二人の探偵がそれぞれアメリカ最高の私立探偵の称号を得ていると考えると実に意義のあることだと思える。そしてこの二人がコンビを組んでいるのだから最高だ。

実力のある作家の佳作を読んだ。次も楽しみだ。

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