「『アリス・ミラー城』殺人事件」 北山猛邦

 

騙された。本ッッッ当に気持ちよく騙されたッッッ!なんでこんな面白い本を2年近く積ん読にしてたのか!自分をぶん殴りたい!

本作の作者は北山猛邦西尾維新佐藤友哉と同時期に『クロック城』殺人事件でメフィスト賞を受賞し、ファウストなどで活躍した。「一作家一ジャンル」なんて言われるメフィスト賞作家の中において、他の「これ、ミステリか?」と言いたくなるような作家(褒め言葉。西尾維新佐藤友哉も当時は面白ラノベの人だと思ってた。これも褒め言葉)が多い中で比較的新本格の体裁を守っていた人らしく、「物理の北山」なんて呼ばれるくらい物理トリック(機械的な仕組みを持つトリック。針と糸による密室とか氷の弾丸とか)にこだわりを持つ。それくらいの情報しか読む前は持っていなかった。

物語の舞台は日本海にポツンとある孤島に建てられた城。その城には至る所に鏡の国のアリスの意匠が施され、アリス・ミラー城と呼ばれていた。その所有者の美女ルディに召集された探偵たちは島に存在するあるものの捜索を依頼されていた。その名はアリス・ミラー。探偵たちは正体すらわからないアリス・ミラーを求めるが、ルディが提示した条件は「発見されたアリス・ミラーは最後まで生き残った人物のものとなる」というものだった。絶海の孤島、謎の古城、ミラーの奪い合いによる死を匂わせる状況、探偵たちの頭には嫌でもクリスティのそして誰もいなくなったの内容が頭を過る。さらに城内に不気味に用意された王のいない進行中のチェス盤。これはかのインディアン人形と同じ死の見立てなのか。探偵としての矜持と疑心暗鬼に揺れる探偵たちを嘲笑うように殺人事件が起き、チェスの駒が減っていた…。

繰り返しになるけど本当に騙された。最初読み終えたときに理解が完全に至っておらず、「え?」となって慌てて解説サイトを見に行き、その隠された企みの数々にゾッとした。自慢するわけじゃないけど、「あれ?」と引っかかったポイントは割と的外れではなかったようだ。しかし、そんなさざ波のような疑念を搔き消すくらい次々と繰り出される謎、謎、謎のラッシュに私のトリ頭は翻弄され、思考の隅へ隅へ追いやられてしまっていた。

本作は鏡の国のアリスそして誰もいなくなったという二本の柱のもとに物語を進めていくので嫌でもそちらに思考を奪われてしまう上にクローズドサークル、入れ替わりや密室などミステリに馴染み深いお約束がこれでもかと登場する。さらに作者が物理トリックの専門家であることも手伝って、どうしてもそちらへと思考が傾くのを止められない。ミステリに慣れている人ほど深みに嵌っていってしまうような話運びが憎い。

登場人物も天才型の名探偵、酸いも甘いも噛み分けたタフな探偵、博識で好々爺なご隠居探偵、エキセントリックな女探偵などさまざまな類型の探偵が登場して探偵問答ミステリ論議がバンバン出てきて楽しい上にセカイ系みたいな展開も見せたりするあたり「これこれ~!」となるあの時代のファウストっぽさもある。

しかし、このひとつの大トリックにすべてがひっくり返される衝撃、爽快感、やはり思い出さずにいられないのは綾辻行人十角館の殺人だろう。そして、登場する物理トリックのスコーンとなる気持ち良さ、これは島田荘司の斜め屋敷の犯罪、占星術殺人事件を読んだときに近い。作者もやはりこの二人からは多大な影響を受けたらしい。あともう一作強烈に頭をチラついた作品があるんだけど、これ言うとネタバレになるので口が裂けても言えない。でもいつか全部読んだ人と感想を語りたい。

作中でも触れられているが物理トリックは今後先細っていくしかない悲劇の子である。海外でも本格ミステリが息絶え絶えで心理トリックに重きが置かれている中、これだけ物理トリックで闘っている人がいるのはとんでもないことだと思う。心の底から応援したい。マジでオススメです。

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