「その可能性はすでに考えた」 井上真偽

 

かなり前にクローズド宗教施設モノが好き、って話の流れで後輩のUくんにおススメしてもらって買ったまま今まで積んでた一作。読んでみて納得のクローズド宗教施設モノで、大変意欲的な構成の良作だった。Uくん、本当にありがとう。

奇跡がこの世にあることを証明する、という妄執に取り憑かれ、湯水の如く財を溶かしてしまう博覧強記の青髪赤衣の奇人・上苙丞とそのスポンサーで中国黒社会の大物であるフーリンのもとに依頼人の女性が現れる。女性はかつてカルト宗教団体の隠れ村で起きた集団自殺事件の唯一の生き残りだと名乗り、その村で起きた奇跡の解明を上苙に依頼する。その奇跡とは村で共に過ごした少年が首を斬られたまま彼女を抱えて助け出した、という奇怪極まるもの。まるでキリスト教の聖人を彷彿とさせる不可解な状況は奇跡なのか。調査を開始した上苙の前に様々な論理の刺客が現れ、その奇跡が奇跡でない可能性を列挙するも、彼は「その可能性はすでに考えた」と圧倒的に不利な条件を跳ね除けて可能性を否定し、奇跡が奇跡であることを証明しようとする…。

人によって創り出された奇跡と見紛う状況を論理によって現実のものと解明し、破壊するという展開の作品はこれまでも多くあった。最近であれば古野まほろのセーラー服と黙示録のシリーズなどがそうだった。しかし、本作はその真逆である。「あらゆる不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」というのはホームズの有名過ぎる名台詞だが、上苙は「あらゆる可能性を消去して、最後に何も残っていなければ如何に奇妙なことであってもそれが奇跡である」のスタンスでありとあらゆる可能性を否定していく。それに対峙する論客たちもそれを承知の上で机上の暴論とも言える言うだけならタダみたいな仮説をぶち上げてくる。彼はそんな悪魔の証明と真っ向から戦わなければいけない。途轍もない茨の道だ。

メフィスト賞作家らしい、と言うか本作はキャラ小説的な側面が強い。上苙はエキセントリックが過ぎるし、フーリンは考えることが血生臭過ぎるし、彼らの前に立ち塞がる論客たちは藤田日出郎の描くキャラかよ、みたいな感じはある。途中少し胸焼けがした。けどアクの強いキャラがいるからこそラストの美しさが引き立っている。

そしてもう一つラストの美しさに寄与しているのはこの事件の特殊性にある。すなわち私が愛して止まないクローズド宗教施設である。クローズド宗教施設にはその閉ざされたサークルの中でしか生きられない論理や情緒がある。今回の村においてもその特殊性が陰惨でありながら美しいと感じさせる情景と叙情を産んでいる。それはこの事件、この作品でしかお目にかかれないもので、本当に素晴らしい。

本当に素晴らしい作品を紹介してくれて感謝に絶えない。こういう出会いがこれからもあればいいと思うので色んな人のおススメが聞けたらなあ、と思った。

f:id:gesumori:20180701183044j:image