「幽霊塔」江戸川乱歩&宮崎駿

 

恥ずかしながら初乱歩である。江戸川乱歩が日本の代表的名探偵・明智小五郎の産みの親であることは百も承知だし、映像化された作品は何本か観ているし、筋を知っている作品もいくつかある。満島ひかり明智小五郎、超良かったですよね。しかし、乱歩を活字で読むのは初めてである。普段からミステリミステリ言ってるくせに基本中の基本を押さえられていないコンプレックスが地味にあったりしたので(エドガー・アラン・ポーのモルグ街もまだ読んでない。オチは知ってるけど)いつか読んでみたいと思いながら作品と版元の選択肢が多過ぎるのでなかなか手が伸びずにいたが、今回ようやく読んでみて、これがまあ面白かった!

幽霊塔は江戸川乱歩黒岩涙香がイギリスの推理小説を翻訳した作品をさらにリライトした作品であるが、岩波書店版は乱歩と同じく少年時代に幽霊塔に出会った宮崎駿がフルカラーの漫画と絵コンテで作品のネタバレすら厭わない偏愛的な情熱をもって解説するという超豪華仕様である。

大正時代のはじめ、長崎のとある田舎町にある叔父が購入した旧い時計塔のある屋敷を訪れた青年・北川光雄はそこで美しい女性・野末秋子と出会う。幽霊塔と呼ばれる時計塔に秘められた財宝と亡霊の伝説の秘密を握っている秋子のミステリアスな雰囲気と美しさに心奪われた光雄は一途な愛に目覚めるが、秋子の陰のある過去と幽霊塔を巡って起こるさまざまな事件に翻弄されていく…。

とにかく本作の素晴らしいところは魅力的なキャラクターたちである。一本気で不器用で愛すべき語り手・光雄の全力全開の愛を分かっていながらも強かな意志で躱し、己が使命に邁進する謎の女・秋子が全編に渡ってグイグイ物語を引っ張っていく様は目を剥くしかないヒロイン強度を誇っている。彼女こそがこの物語の主人公と言えるだろう。嫉妬に狂い策謀を巡らす光雄の許嫁・栄子や猿を連れた秋子の乳母、秋子の過去を知る光雄の恋敵の黒川、警察の名探偵・森村や悪の巣窟であるクモ屋敷の主人の悪党に東京の怪しげな老科学者、小銭をせびりまくる浮浪児、毒薬を密売する薬屋の老婆…そんな濃過ぎるキャラクターたちが要所要所で渋滞することなくビシッとハマるしキメる。こんな怪人物たちに取り囲まれ恋路を阻まれまくってもなお一途な愛を貫かんとする光雄はとにかく健気で愛おしい。

そして光雄よりもある意味主人公然としているのが舞台となる幽霊塔である。宮崎駿少年がその歯車だらけの機械室に夢中になり、画工になってからカリオストロの城を作るきっかけともなったと語る時計塔の内部はまさに冒険と呼べる世界が広がっていて読んでいてワクワクが止まらない。他にも無数の蜘蛛が犇めくクモ屋敷の怖気をふるう感じや怪しげな装置が地下室に所狭しと並べられた老科学者の屋敷など舞台描写が本当に光っている。

宮崎駿の職人技のような絵コンテのおかげで読んでいる間も全編ジブリ映画のような奥行きのある活き活きとしたシーンで再生することができる。本人は映画化はしない、と断言しているが前言撤回は宮崎駿お家芸なので是非形にしてもらいたい。

幽霊塔は旧い作品だ。しかし、冒頭の漫画の中で宮崎駿はこう述懐している。

「わたしたちのこの時代は通俗文化の大洪水の中にある。だが幽霊塔は19世紀から続いている。ワシは子供の時に乱歩本で種をまかれた。妄想は膨らんで画工になってからカリオストロの城を作った。ワシらは大きな流れの中にいるんだ。その流れは大洪水の中でも途切れずに流れているのだ」

この面白さはあと1世紀経っても色褪せない。そう感じました。

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