「狩人の悪夢」有栖川有栖

 

有栖川有栖をワトソン役に据えた氏の作品は学生アリスシリーズと作家アリスシリーズがあるが、本作は後者である。推理作家のアリスと臨床犯罪学者の火村英生がホームズ役に犯罪のフィールドワークとして事件を解決する本シリーズは今作で25周年になる。その歴史は新本格ブームの歴史と共にあると言っていい。

事件は京都・亀岡の山奥のアリスの作家仲間で悪夢を必ず見るという部屋のある家に暮らすホラー作家の周りで謎の女性が首に矢が刺さった状態で発見されたことより始まる。凶器の矢はホラー作家の代表作の主人公の武器を模したもので女性はさらに片手を切断されていた…。

私はどちらかというと学生アリスの方が肌に合っていると思っている。閉ざされたキャンプ場、絶海の孤島、訳ありの芸術家が暮らす山村、信仰宗教の総本山、などクラシカルに胸が踊る舞台設計がいい。そこに瑞々しくドラマチックな展開、読者への挑戦などのおもてなし精神が加わって、その味わいは格別だ。

それに対し、作家アリスは舞台が比較的地味だと感じることが多い(国名シリーズも全部読んでないくせに、とも思うけど…)。しかし、作家アリスには学生アリスにはないものがある。それはホームズとワトソンの関係性である。学生アリスのホームズ役の江神先輩はアリスの憧れの人物であり、そのミステリアスな雰囲気を測りかねているアリスにとって対等な関係とは言い難い(そこが学生アリス最大の魅力でもあるのだけど)。その点、作家アリスと火村は学生時代からの腐れ縁で、言いたいことを言い合える対等な名探偵と名助手である。そのやりとりがファンをにやにやさせるだけでなく本作では犯人を前に推理を披露する際、火村だけでは犯人を追い詰めきれず、アリスの手にも追及の矢が委ねられる。これは作家アリス独特のスタイルだなあ、と感じた。

事件の背景はなかなか悲劇的で、さらに作者が日々溜まっていた鬱憤をアリスが代弁するようなシーンもあったりするけれど、ラストは2時間サスペンスのエンディングのようなほっこりするサプライズもあったりして、実に氏の作品らしい温かい読後感だった。

私は有栖川有栖の本を読むと必ず旅に出たくなる。双頭の悪魔を読んだ後、アリスたち英都大学推理小説研究会の面々が旅した国道32号線を歩いて徳島の大歩危まで旅した。今回の舞台の亀岡のオーベルジュもまあいい雰囲気だ。また有栖川有栖の本を片手に旅をしてみたくなった。

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