「『クロック城』殺人事件」 北山猛邦

 

またか、という感じだけどそれくらい面白かったんだよ、北山猛邦。と言うわけで氏の『城』シリーズの記念すべき一作目である。最前の感想で言った通り本作で氏はメフィスト賞を受賞した。

舞台は太陽からの磁気嵐によって1999年9月に世界が滅亡することが判明している日本。幽霊をボウガンで退治することのできる探偵・南深騎とその幼馴染でゲシュタルト理論に造詣が深い菜美の探偵事務所に謎の美少女・黒鴣瑠華が訪れる。瑠華は彼女が住まう城の壁に現れる人面瘡と城に代々現れる時空に穴を開けて人を呪い殺す幽霊・スキップマンを深騎に退治してほしいと依頼する。瑠華の命を狙う世界を滅亡から防ぐことを標榜したテロ組織的自警団に事務所を襲撃されながらも瑠華に導かれた深騎たちは深い森の中に過去・現在・未来の時間を指し示す巨大な時計を三つ抱く古城・クロック城に辿り着く。クロック城には瑠華の父親の黒鴣博士とその家族と助手や使用人、秘密組織から派遣された調査員たちという風変わりな面々が揃っていた。時間という概念が歪んだクロック城の調査を行なっていく最中、城内で二つの首斬り死体が発見される。行き来が不可能な二つの現場に加え、その切断された頭部はさらに別の部屋で眠り続ける瑠華の姉のもとで発見されて…。

クロック城やアリス・ミラー城は一応同一シリーズという括りになっているが作品ごとにキャラクターや舞台の繋がりはなく、共通した設定は存在するものの、独立した作品となっている。

それでも、このシリーズの根底に流れる終末的な描写の独特さは共通したものだと思う。地球が滅亡する前の世界での刑事の姿を描いたベン・H・ウィンタースの地上最後の刑事シリーズも世界観は似ているが、あちらが世界が滅ぶのに刑事を続けること、犯罪を処罰することの意義を探る求道者のようなストーリーであるのに対し、こちらは「どうせ世界は滅ぶんだ」と社会や慣習と言ったようなしがらみを一切斬り捨て「自分とあの子」という関係をクローズアップしたセカイ系的なストーリー展開をしている。

正直、綾辻行人時計館の殺人と通底した舞台と時間を利用した物理トリックの造り込みの力の入り方とこのセカイ系的世界観のミスマッチ感は否めない。アリス・ミラー城ほど巧くもない。それでも嫌いになれない。いや、好きだ。なぜならこの物語は北山猛邦にしか造れない、と思うからだ。

新海誠雲のむこう、約束の場所の「選べよ。サユリを救うのか、世界を救うのか」って台詞に心奪われたあの時代のオタクなら心の柔らかい部分に触れる部分があると思う。

最後に文庫版の解説をした有栖川有栖の言葉が後輩と本格ミステリに対する愛に溢れていて素晴らしかったので抜粋する。

「この世は、本格ミステリを必要とする人間ばかりではない。それは〈ゲシュタルトの欠片〉のように〈どうせ幽霊みたいな存在〉であり、〈ぼんやりと夢想のように現れる幻影〉。消えたかと思うと現れ、射抜いたからといって殺せるわけでもない。それでも北山猛邦は、ボウガンを手に追ってくれるだろう。誰にでもできる業ではないことを自覚しつつ。そして私は、この特異な才能に満ちた作家を追い続けたい」

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