「幽霊男」横溝正史

 

私たちの世代はやはり金田一少年世代なのでその祖父である金田一耕助も当然大好物である。しかし、長い間、横溝正史金田一耕助の作品群は読むもの、というより観るもの、というあまり褒められた読者ではなかった。というのも、金田一耕助と言えば黙っていても数年に一度は映像化され、その代表作はあらかた目にする機会に恵まれていたからである。

一番、最初に観たのは稲垣吾郎主演の八つ墓村でそれはもう熱狂した記憶がある。女王蜂も吾郎ちゃんだった(旅先で流し観だったからほとんど覚えてないけど確かミッチーも出てたよね)。

次は石坂浩二金田一。四作の中だったら悪魔の手毬唄がいちばんのお気に入りだ。磯川警部役の若山富三郎の渋さが堪らず、未だに岡山県の総社の側を通るたびにあの映画のラストを思い出さずにいられない。先日NHKで石坂版を放映したのも録画したし、同局で放送した深読み読書会の内容も良かったので原書も今すぐ読みたい。

最近だとナイロン100℃喜安浩平脚本の二人の金田一もよかった。長谷川博己の獄門島と吉岡秀忠の悪魔が来たりて笛を吹くだ。両作とも主演2人を当て書きしたようなテイストの違いが楽しく、動の長谷川金田一、静の吉岡金田一という趣だった。原作からの改変に賛否両論あったみたいだけど、個人的に非常に楽しめた。次は八つ墓村をやるつもりらしい。誰が金田一をやるのか今から楽しみだ。

池松壮亮主演の金田一喜安浩平の岡山モノと違い、戦後・東京の探偵という感じが良かった(第3話の百日紅の下にてだけ録画に失敗した。悔しい)。満島ひかり主演の1925年の明智小五郎も大変好みだったので、NHKさんにはこのテイストとボリューム感のドラマを定期的に作っていってほしい。

くどくどと語ってきたが、要するに私はほとんど横溝正史の作品を活字で読んだことがない、ということに尽きる。そうするとまた名作未読コンプレックスがムクムクと湧き上がってくるもので、そそくさと本屋へ走った。

本屋で横溝正史の棚をずらっと見て、さて、何を読もうと思った。既知の名作を活字で追うのも楽しいが、どうせなら真っ新な驚きもほしい。そこで全く前情報のない本書、幽霊男を読むことにした。

神田・神保町の裏通りにあるキワモノのヌードモデル仲介会社・共栄美術倶楽部。そこに現れたのは異様な面相をした男。男は佐川幽霊男と名乗る。ひとりのヌードモデルと契約を交わした彼は自らのアトリエにモデルを連れ込む。行方が知れなくなったモデルを心配した共栄美術倶楽部の幹部たちとモデル仲間たちはやがてとあるホテルの一室で血塗れで惨たらしく殺害されたモデルを発見する。

幽霊男として巷を震撼させた男は当局を嘲笑うように更なる暗躍を見せるが、やがて金田一耕助がその捜査に加わって…。

金田一と言えば岡山モノをはじめとする田舎の農村などで起こる殺人事件を真っ先に想像するが、今回は徹頭徹尾、都会の劇場型犯罪である。不気味で足のない幽霊の如く捜査の端緒を掴ませない幽霊男の大胆で残忍な犯行は抜群の怪奇趣味でグイグイ読ませる。思い出さずにいられないのが横溝の盟友・江戸川乱歩一寸法師海野十三の蝿男である。

本格推理小説と言うよりは戦後の探偵小説という趣で、岡山モノの名作などと比べると作品も小粒で犯罪者の叙情もあまりない気がしなくもないが、徹頭徹尾の悪人で犯罪の演出を楽しむ犯人像はいっそ清々しい。ラストの楽しそうに自らの犯罪について語る幽霊男の姿はなかなか印象的だ。ほかの登場人物や小道具の数々も楽しい。

角川文庫のあらすじにある「妖気漂う原色怪奇まんだら」という説明が非常にしっくりくる古き良き探偵小説といった趣だし、1日もあれば読めるくらいサラッとした作品だ。楽しかった。

f:id:gesumori:20180730191730j:image

f:id:gesumori:20180730192017j:image

f:id:gesumori:20180730192021j:image

f:id:gesumori:20180730192211j:imagef:id:gesumori:20180730192216j:imagef:id:gesumori:20180730192317j:image

f:id:gesumori:20180730192222j:image