「きみといたい、朽ち果てるまで」坊木椎哉

 


「新人賞の原稿を読んで、こんなに泣いたのは初めてだった。ーー傑作である」

こう言ったのは綾辻行人である。本書は日本ホラー小説大賞の優秀賞を受賞したらしいが号泣する綾辻行人というヴィジュアルが想像すると強烈で、興味を惹かれたのでホラー小説にはあまり縁がないけど手に取ってみた。

国家権力にもそっぽを向かれ、脛に傷持つ者たちが最後に流れ着く無法の街・イタギリ。街が吐き出し続けるごみをおんぼろのリヤカーで収集するゴミ屋の少年・晴史は仲間とともに死体(ロク)を燃やして骨を川に捨てる毎日を送っていた。酒浸りの父親や劣悪な職場環境に少年らしさを摩耗させながらも彼は街の目抜き通りである極楽通りで似顔絵と体を売る物売りと呼ばれる売春婦の少女・シズクを遠くから眺めることで安らぎを得ていた。

迷路のようにビルが乱立するイタギリには摩訶不思議なものが溢れている。動く死体のシナズとシナズを燃やすと現れる影と呼ばれる黒い人型。殺した死体から内臓を抜き取る“肝喰い”と呼ばれる通り魔。人を喰う魔物が住むという2番街の丑首ビル。そして、描いた人物の未来が聴こえるというシズクの予言。

理解はできないイタギリでの現実と大人たちの世界となんとか折り合いをつけながら、やがて晴史はシズクと少しずつ距離を縮めていく。しかし、2人の運命はイタギリという街の毒素を取り込んで悲情な終局を迎える…。

面映くなりそうなタイトルと爽やかで可愛らしいイラストから流行りのラノベのような見た目をしているが、中身はそんな浮かれ気分のラノベおじさんをなかなかハードでグロテスクな描写でお出迎えしてくれる怪作だ。そうだ、15年前、私が路地裏ラノベ少年だった頃もこんな作品が沢山あった。谷川流の絶望系や西尾維新きみとぼくの壊れた世界桜庭一樹の砂糖菓子の弾丸、風見周殺×愛…。感受性豊かなスレたようでピュアっピュアな少年少女を戯画化された残酷な展開で打ちのめすような作品群。暗黒ラノベなんて呼ばれたりもした歪な作品たちが。

本作もその系統を受け継いでいる。作品の背骨は健気な少年・晴史とか弱く不思議な少女・シズクのボーイミーツガールだが、とにかく不穏な要素が多過ぎる。「おまえもしかしてまだ、このまま図書館デート楽しいな、で終わるとでも思ってるんじゃないかね?」と心の戸愚呂弟が言ってくるような濃厚な火薬の匂いにむせる。

話の展開を隠し切れていない部分や登場人物が説明口調すぎる部分もあるが、それでもグロテスクで趣味の悪い露悪的な展開の果てに待っていたラストは意外で、かなりユニークで、そして言い知れぬ美しさを感じた。なるほど、綾辻行人が泣いた、と言うのもわかる。私も少しほろっときた。受け付けられない人には天地が逆さまになっても受け付けられないだろうけどそれでも、このラストはちょっと他の人にはそうそう真似できないだろうし、このラストのために他の全ての瑕が気にならなくなるほどの美点だ。

舞台となるイタギリの街もなかなか素敵だ。統治者の存在しない無法の街を舞台にしたラノベと言えば成田良悟の越佐大橋シリーズの越佐大橋や十文字青薔薇のマリアの無統治国家の首都エルデンなどがあるが、これらがヒャッハー!な人たちに溢れた陽の街だとするとイタギリはひたすら顔の死んだ人たちが闊歩する陰の街だ。街には様々な業務形態の娼婦や筋者、ホームレス、それと変態心理を抱えた犯罪者と死体に溢れ、4K(キツい、汚い、危険、気が滅入る)の仕事に誰もが心をすり減らしている。この街が生み出す独特の臭気が晴史とシズクの異彩を放つピュアさを極めて引き立てている。

ノスタルジックな気持ちと新鮮な気分を同時に味わえる楽しい作品だった。たまには若い気分になってこういう作品を読んでみるのもいいもんです。最後に作中の一文を引用してこの雑文を終えようと思う。

 


行くあても縁もまるでなかったが、海を目指そうと思った。

どれだけ歩けばいいのかすら知らなかったものの、打ち寄せる波と潮風に出会える確信はあった。

俺はまだまだ生きていける。

少なくとも、海へ辿り着くまでは。

黄昏の空に走る緑色の閃光を、まだ見ていないのだから。

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