「アックスマンのジャズ」レイ・セレスティン

 

「恨みを抱えた人間なんて、ニューオーリンズにはごまんといる」と言った。そのうちルカを見つめて、シーツにこすりつけていた石鹸を持ち上げた。「そういう気の毒な連中を集めてぎゅっと握る」節くれだった細い指で石鹸を握りしめた。

「そうすりゃ悪魔ができあがる」彼が手を開いた。「ニューオーリンズという形の悪魔がな」いつになく冷ややかな目で続けた。

 


ルイジアナ州アメリカの中でも特異なイメージがある。元フランス領であり、アメリカに買収される以前よりルイジアナに暮らしていたフランス、スペイン、アフリカ、インディアンの祖先を持つクレオールや、イギリス人によって大陸北東部のフランス植民地を追われてこの地に流れ着いたケイジャン、さらにイタリアやアイルランド、ハイチからの移民など雑多な人種が混じり合い、独特の文化を形成している。ミシシッピ川とポンチャートレイン湖による水害、ハリケーン被害が多く、湿地にはワニが泳いでいる。住民はそのワニを食べるし、ザリガニやカエルも食べる。アメリカで最も古い歴史を持つマフィアの本拠地であった。そして、ジャズの聖地でもあった。

アックスマンはそんなルイジアナに実在した殺人鬼である。

1919年。ルイジアナ最大の都市・ニューオーリンズではアックスマンと呼ばれる殺人鬼の暗躍によって揺れていた。イタリア系食品販売店の店主ばかりを狙い、幽霊のように民家に侵入し、斧を振るって凶行に及び、血塗れの斧とタロットカードを現場に残す。犯人は白人なのか、黒人なのか、さまざまな人種が入り混じるニューオーリンズの中で人種間の緊張が高まる中、アックスマンを追う男女がいた。

ニューオーリンズ市警の警部補でアックスマン事件の責任者であるマイクル。マフィアとの癒着が原因でマイクルによって警察を追われた彼の師匠でもある元刑事のルカ。ピンカートン探偵社の若き女探偵のアイダとその相棒に選ばれた黒人ジャズマンのルイス。彼らはそれぞれ抱えた事情からアックスマン事件を調査するが、彼らの前に立ち塞がるのはアックスマンだけではなく、深い闇そのものであるニューオーリンズの現実であった。

彼らを嘲笑うようにアックスマンの犯行声明が新聞に載った。それは「ジャズを聴いていないものは斧で殺す」という衝撃的な内容であった…。

先にも触れたがアックスマンは実在の殺人鬼で、この声明も作者の創作ではなく現実のものである。現実ではこの声明に指定された日には殺人は起きず、一連の声明は模倣犯の悪戯という片がついたらしいが、作中ではこの声明にも犯人の深謀が絡んでいることとなっている。またタイトルであるアックスマンのジャズはThe mysterios Axman's Jazzというタイトルで作曲され、大ヒットしたりもしたらしい。YouTubeに音源があったのでぜひ聴いてみてほしい。なかなかに人を食ったメロディである。 https://www.youtube.com/watch?v=x_iSLK74ZI4&feature=share

事実は小説よりも奇なり、という通り、アックスマン事件はそのままでも充分に興味の惹かれる未解決事件であるが、本作は奇な事実をさらに面白いエンターテイメントに昇華することに成功している。

まず三人の主役たちの配置が絶妙だ。マイクルはアイルランド系の白人だが黒人の妻がいる。ゴリゴリの黒人差別が罷り通っていたザ・南部のルイジアナにあって彼は特異中の特異で、自身の立ち位置を危うくしている。一方、ルカは生粋のイタリア系移民であり、同胞を重んじるイタリア系の社会の中でマフィアとズブズブの関係を築いてしまって抜け出せない。アイダは一見そうは見えないほど肌の色は薄いが黒人のしかも女性であり、社会的地位が恐ろしく低い。差別をする者とされる者、犯罪を犯した者とそれを取り締まる者、強者と弱者、男と女といったそれぞれの勢力の対局の位置に収まっており、その視線は非常に幅広くニューオーリンズの街を網羅していく。これが抜群に上手い。

そして、街中に溢れているジャズの描写も雄弁で素敵だ。登場人物の1人が世界でいちばん有名なジャズプレーヤーの1人をモデルとしており、彼の活躍によってニューオーリンズという物騒極まりない街の音楽の世界を巧みに切り取っている。

本書は作者の処女長編であるがその中身は文句のない一流のクライム・ノベルだ。映像化の話もあるらしいし、続編の刊行も決まっている。次は20年代のシカゴが舞台。間違いなくあの暗黒街の顔役が登場することだろう。今から楽しみで仕方ない。おススメです!

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書影。なかなか物騒な売り文句である。

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物騒な売り文句と言えばこれ。映画化の話が塩漬けになっている。

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ルイジアナが舞台と言えばステイサム主演、スタローン脚本のバトルフロント。田舎のモンペにステイサムパパの怒りが爆発。

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ニューオーリンズがモデルの架空の街・ニューボルドーを舞台にベトナム戦争帰還兵の黒人の主人公が復讐のためにマフィアのボスに成り上がっていくゲーム、マフィア3。これをやればニューオーリンズがどんな街かだいたいわかる。

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デヴィッド・エアースーサイド・スクワッドに出てきたベル・レーヴ刑務所はルイジアナ中央にある沼地に設立された極秘の刑務所。ほんとにロクなものがない。

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ニューオーリンズが本拠地と言えば我らがエクスペンダブルズ!大大大傑作!