「夜を希う」マイクル・コリータ


「血に濡れた夜がなければきっと、ここへ辿り着けなかった」

なかなか印象的な帯の惹句だ。私は作者のマイクル・コリータのこともこの作品の名前も全く知らなかったが、この帯に惹かれて手に取ってみた。

フランク・テンプル三世。朝鮮戦争で銀星章を授与された英雄の祖父と、ベトナム戦争で特殊部隊に所属し、後にFBI捜査官となった父を持つ3人目のフランク・テンプル。彼は根無し草の如く大学を渡り歩き、小説家としての夢に挫折した夜、泥酔して放り込まれた警察署のトラ箱の中で父の親友であるエズラ・バラードからの電話のことを考えていた。

「デヴィンが戻ってくる」

デヴィン・マティスン。FBI捜査官でありながら、邪悪な悪党を消し去る殺し屋となった父を己が野望のために利用し、そして自らの減刑のために当局に売り渡したフロリダのギャング。その翌日、彼は父との思い出の地である氾濫湖ーーウィローへと向かっていた。そこへ戻ってくるであろうデヴィンを殺すために。

ウィローへと向かう道中、フランクは交通事故を起こしてしまう。相手の車の持ち主はとにかく先を急ぎ、自身の素性すらまともに明かさない変わった男だった。さらに父親の車の修理工場を経営するノーラと親密になるフランクだったが、謎の男を追いかけて現れた2人組の殺し屋にノーラが襲撃される。殺し屋を鮮やかに撃退したフランクだったが、殺し屋たちは警官に大怪我を負わせ、姿を消す。何故殺し屋が現れたのか、その理由を探るうちに謎の男と正体不明の美女がデヴィンのキャビンに滞在していることが判明する。これは自分の過去に因縁のあることなのか。そして、フランクは旧知のFBI捜査官からデヴィンがフロリダで銃撃され、消えたことを聞かされる…。

まず本作の面白いところは主人公フランク・テンプル三世の造形のユニークさである。世間では英雄として尊敬されてきたフランク・テンプルの名を持つ男たちは血に塗れた歴史とともにあった。フランク三世も殺し屋であった父に殺人術を仕込まれていて、その才能は天賦のものであった。そして、ある時点まではそんな歪んだ関係の中でも優しさを持っていた父親を無邪気に尊敬していた。しかし、父親が犯罪者として明るみに引きずり出され、自殺してしまったことにより、彼は復讐と疑念に取り憑かれてしまう。

彼は機械のように正確な殺人術を身につけているが、その情緒はマシーンとなり切れていない。父親もそうであったが、彼自身はそれに加えて若さという脆さも内包している。デヴィンという父の仇を憎悪しながらも、非情に徹し切れず、無為に日々を過ごしていた。しかし、エズラからの報せによって彼の止まった時間は動き出してしまう。目の前にデヴィンが現れて彼を殺すという欲求と、彼が現れなければいい、と思う迷いの中で揺れ動くフランクの繊細な心理は読者を惹きつける。

そして、フランクが復讐へと向かっていく様と彼の周りで起こる事件の数々を複数の登場人物の視点と断片的なモノローグで描く作者の腕はなかなか巧みだ。

終盤、膨らみ切った緊張が破裂するように巻き起こる戦闘のシーンは壮絶だ。完璧な戦闘マシーンとなり切れなかった人たちの一瞬の躊躇いや罪悪感が転がり落ちていくような銃撃戦は展開を読ませず、手に汗握る。そして、物語はそこで終わらない。衝撃的な結末が我々を待っている。

ハードボイルド的な手触りの中にエンターテイメント的な試みに満ちた作品だった。なかなか面白かったです。

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書影。創元推理文庫刊。シンプルだけどいいですね。

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LAタイムズ最優秀ミステリ賞を本作と競ったトム・ロブ・スミスチャイルド44トム・ハーディ主演で映画化もされたスリラー。このミスでは大賞を取った。

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アメリカの犯罪組織の暗殺者とされてしまった少年少女を描いたニトロプラスエロゲー原作のラノベ・Phantom。個人的に虚淵玄の作品の中で一番好き。レオンの影響が強い。