「第四の扉」ポール・アルテ

 

1987年。日本では綾辻行人十角館の殺人でデビューし、社会派ミステリに押されていた本格ミステリを華々しく復興して新本格ブームを巻き起こしていた時と同じくしてフランスでは本書が刊行された。幽霊、密室、不可能犯罪。かの黄金時代の巨頭ジョン・ディクスン・カーを彷彿とさせる本格ミステリが…!

舞台はイギリスの田舎町。殺人を思わせる不可解な状況の密室で女が自殺し、未だその霊が彷徨うと噂されるダーンリーの屋敷に1組の夫婦が引っ越してきた。時同じくして隣家のホワイト家でも母親が交通事故で死亡しており、ダーンリー家にて霊能者であるという夫婦主催で交霊会が開催されることに。しかし、封印を施された呪われた密室の中で再び殺人事件が起こる。さらに時を経て、ホワイト家でも殺人事件が起こる。事件当時は雪が降っており、屋敷の周りには犯人の足跡が残されていなかった。犯人は人非ざる亡霊なのか。それとも世紀の脱出王ハリー・フーディーニが為したような奇術の業なのか…。

フランスのミステリと言えば推理小説最初期の密室殺人として名高いガストン・ルルーの黄色い部屋の秘密がまず思い出される。他にもモーリス・ルブランの怪盗ルパンシリーズの中にも推理小説として非常に完成度が高い作品がいくつもある。シムノンのメグレ警部もフランス産の名探偵だし、イギリス人作家だがカーの最初の名探偵であるアンリ・バンコランはパリの予審判事である。カトリーヌ・アルレーもフランス人。いずれも本格ミステリの中で大きな足跡を残した名跡ばかりだ。しかし、近年の作品でフランス・ミステリと言われてもあまりピンとくる作品は寡聞ながら思い浮かばなかった。そんな中、手に取った本作は新たにフランス・ミステリの印象を刷新する出会いだった。

カーに傾倒した作者がフェル博士が登場する続編として構想した本作はまさにカー作品に登場するような幽霊や奇術などの奇々怪々な怪奇趣味と密室や足跡なき犯罪などの不可能犯罪のオンパレードである。

アルテは日本に紹介されてから本格ミステリ・ベスト10で3年連続1位を獲得するなど破竹の勢いで邁進する作家である。私もすっかりファンになってしまった。

本作の核となる殺人事件は黄金時代の作品のような手触りであるが、その事件のさらにその外殻にもう一つの謎でコーティングされており、本作の名探偵であるツイスト博士によってもたらされる最後の一撃は読者の足元を驚愕とともにひっくり返す。古き良き本格の香風を感じさせながらも、新たな試みで読者に新鮮なインパクトを与えるその姿勢はまさに日本の新本格ブームと通底しており、そのどちらの妙味もお互いを邪魔することなく楽しめる欲張りな造りとなっている。

あらゆるミステリに興味を持っている人にオススメできる。文章も軽快で非常に読みやすいのも魅力のひとつだ。

最近、アルテが生み出したもうひとりの名探偵であるオーウェン・バーンズの日本初登場の新刊であるあやかしの裏通りも刊行された。とにかく人の良さそうなアルテが自ら語る作品の内容も面白そうで、そちらも今すぐ読んでみたい。

↓アルテからのメッセージ

https://www.gyoshu.co.jp/blog/2018/08/03/014037

 

f:id:gesumori:20180928040018j:image

書影。ハヤカワ・ミステリ文庫刊。

f:id:gesumori:20180928040158j:image

名探偵オーウェン・バーンズシリーズ日本初登場のあやかしの裏通り。イラストはアルテ自身のもの。多才な人や…。

f:id:gesumori:20180928040358j:image

オペラ座の怪人の作者としても有名なルルーの代表作。密室殺人の名作。

f:id:gesumori:20180928040554j:image

パリの予審判事アンリ・バンコランが宿命のライバルと幽霊が出る古城で推理対決する髑髏城。怪奇趣味と不可能犯罪はカーの十八番。

f:id:gesumori:20180928040947j:image

カーの別名義カーター・ディクスンの密室と言えば個人的にはユダの窓が好み。法廷劇でもあり、元祖逆転裁判みたいな趣もある。H・M卿の舌鋒が楽しい。