「そして五人がいなくなる」はやみねかおる

 

自分が人生で一番最初に読んだミステリ、一番最初に出会った名探偵が誰か、あなたは覚えているだろうか。江戸川乱歩明智小五郎か、コナン・ドイルシャーロック・ホームズアガサ・クリスティのエルキュール・ポワロか。青山剛昌江戸川コナン天樹征丸金田一一かもしれない。私はもはやその答えを覚えていないが、こう答える人も多いのではないだろうか。はやみねかおる夢水清志郎だ、と。

本書を第1作とする名探偵夢水清志郎事件ノートといえば青い鳥文庫で大人気の児童向けミステリの代名詞であり、NHKで連続ドラマとして実写化もされた人気作である(マナカナ和泉元彌が主演だった)。小学校の図書館にも置いてあったし、教室で読んでいるクラスメイトも多かった。私の家にも母親が私の暇つぶしにとどこかから買ってきた一冊があったように記憶している。

しかし、私はこのシリーズをその一冊以外読んだことがなかった。このシリーズはかいけつゾロリを貪り読んでいた男子を尻目に女子たちの間で先に火が着き、なんとなく後追いで手を出すのに気恥ずかしさがあったからだ。教室でラノベを堂々と読むようになるようなオタクとしてまだ開き直れていなかった当時の私はこのシリーズにハマるきっかけを逃してしまった。それから早20年近く。今回、講談社文庫化されていた本作をたまたま本屋で見かけたので、懐かしさとともに手に取ってみることにした。

エイプリルフールに岩崎家の隣の幽霊屋敷に奇妙な隣人が越してきた。黒いスーツにサングラスをかけたひょろひょろな男の名前は夢水清志郎。この男は常識と生活能力は皆無ながら、類稀なる推理力を持ち合わせており、自らを名探偵と名乗る変人だった。亜衣、真衣、美衣の三つ子の岩崎三姉妹に教授と呼ばれ懐かれた彼は夏休みに隣町に出来た巨大な遊園地に遊びに行くことに。しかし、そこで開かれたマジックショーで“伯爵”と名乗るマスクの男が観衆の目の前でひとりの少女を消してしまう。「あと四人の子どもが消える」と宣言した伯爵に自ら挑戦する教授。しかし、事件は伯爵のシナリオ通りに進行していき…。

まず本格ミステリとしてきちんと成立していることに驚かされた。児童向けだからと馬鹿にしてかかるつもりは毛頭なかったのだが、それでもある程度のとんでもトリックは覚悟していた。しかし、子どもたちが衆人環視の中で鮮やかに消えていくトリックの数々はどれも地に足がついた本格仕様で、語り口を変えれば大人向けの作品としても十分に通用するものばかりだ。かといって複雑な解説が待っているかというとそうでもなく、子どもがきちんと噛み砕けるように丁寧かつ分かりやすく語られているのも好印象だ。

そして、全編を通して中学生の主人公・亜衣によって語られている物語が素敵だ。名探偵の夢水清志郎のどうしようもない欠点や物語としてツッコミどころのある展開も子どもの目線で語ることでコミカルかつ無理なくすっと読み進めることができ、ストレスを感じさせない。それでいて、必要な伏線はきちんと織り込まれている。これはなかなか驚異的だ。

猫丸先輩でお馴染みのミステリ作家・倉知淳は巻末ではやみねかおるにこんな応援メッセージを寄せている。

 


「子供騙し」という言葉がある。

しかし小説の読者という点では、子供を騙すのはとても難しい。なにしろ子供は正直だ。

つまらなければすぐに飽き、途中で投げ出す放り出す。大人の読者のように「きっと最後に大きなオチがあるだろうからな、ラストに期待しよう」などと我慢して付き合ってくれない。

そんな少年少女読者を相手取り、ベストセラー街道を驀進する、この「夢水清志郎」シリーズが面白くなかろうはずがない。

 


自らも江戸川乱歩の見せる赤い夢に魅力されたかつての子どもだったはやみねかおるが溢れんばかりに抱えたミステリ愛を、今の子どもたちに伝える快作。大人も楽しめる作品だった。

 

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書影。イラストはBLOOD+のキャラデザで有名な箸井地図

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村井四郎によるイラストの青い鳥文庫版。こっちの方を学校の図書室で見た人も多いのではないだろうか。

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NHKドラマ愛の詩枠で放送された双子探偵。岩崎三姉妹はマナカナ主演で双子に変更された。なぜか真衣が関西弁だった記憶がある。

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作者のもう一つの代表シリーズ、少年名探偵・虹北恭助の冒険。こっちの方はよく読んでた。響子ちゃんがかわいい。イラストはやまさきもへじ。

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青い鳥文庫もう一つの児童ミステリ・パソコン通信探偵団と夢水清志郎の共演作。我が家にあった。作者のスピンオフ作品の主人公、怪盗クイーン初登場作でもある。

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ネズミの名探偵チビーと子猫の助手ニャットが活躍する新庄節美の名探偵チビーシリーズ。私の一番最初の名探偵かもしれない。

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夢水清志郎のように探偵が奇術に傾倒している例はいくつかあるが美貌の奇術師・曾我佳城はその最たるものだろう。奇術師とミステリ作家のふたつの顔を持つ泡坂妻夫の連作短編集。