「体育館の殺人」青崎有吾


私のこれまでの長くも短くもない人生の中で1日に2冊の本を一気に読み切ったことがあっただろうか。私が1番文学少年というか路地裏ラノベ少年をやっていたのは中学2年のときだったが、それでもあまりそういう経験はなかったと思う。少なくとも記憶にない。でも、これからは今日の日のことをにやにやと自慢げに言い出すと思う。「ぼく、探偵は教室にいないと体育館の殺人を同じ日に読んだんですよ」なんて。

体育館の殺人は探偵のいない教室や屍人荘の殺人と同じく鮎川哲也賞大賞作品である。作者の青崎有吾が「平成のエラリー・クイーン」と呼ばれているロジック派の本格ミステリのルーキーであることは知っていたし、ツイッターのアカウントも知っていたけれどその著作は今日まで手に取ることはなかった。それは主人公がオタク高校生探偵というキャラ小説っぽいレッテルをなんとなく避けてしまっていたからだが、そんな自分を思い切り張り倒してやりたい。そもそも本家のエラリー・クイーンだってそうじゃないか(褒め言葉)。私のそんなくだらない杞憂が一瞬で消し飛ぶくらいに本作は平成のエラリー・クイーンと呼ばれるに相応しい傑作だった。すなわち快刀乱麻のロジックの作品だ。

風ヶ丘高校の女子卓球部に所属する柚乃は旧体育館の舞台上で刺殺された放送部部長の死体を発見する。現場は開放的な体育館でありながら、降りしきる雨と人の目と施錠された鍵によって隙のない完全な密室となっていた。唯一の容疑者として疑われた卓球部部長を救い出すために柚乃は文化部部室に住み着いた学校一の天才で探偵である裏染天馬に真相の解明を依頼する。しかし、天馬は重度のオタクでとてつもない変人だった…。

本作でまず最初に撃ち抜かれたのは主人公の名前が最初に登場する瞬間の劇的さである。学校のいう舞台を最大限に活かしたその演出はうっとりするほど素敵だ(その後のご本人登場はあまりに残念なわけだが)。主人公の裏染天馬は典型的なエキセントリックな非常識オタク名探偵だ。作品でアニメオタクが登場するのが苦手な人もいると思うが作者のセンスと匙加減がいいからかそれは気にならなかった(いい声の登場人物に松岡由貴を持ってきたところとか。あと戯言のキムチ丼のシーンとか誰が覚えてるんだよ)。とにかく裏染天馬がかっこいいのだ。今すぐシリーズを追いかけたくなるくらいに。

そして名探偵の魅力を十二分に映えさせる徹頭徹尾ロジックの推理展開も圧巻だ。本作の推理はある一つのなんの変哲もない証拠品から始まるのだが、その一つの証拠品でこれだけ推理が拡がるのかと目を剥くばかりだ。そして密室が開け放たれる瞬間。その快感には震えた。

個人的にもう一つ恐ろしいことがある。作者の青崎有吾は1991年生まれである。私と同い年なのだ。これには凹んだ。私より年下のアスリートや芸能人、それこれ声優などはもはやこの世にうじゃうじゃと溢れているが、これが最近一番凹んだ。こんなに面白くて隙のない作品を書く人が平成3年生まれにいるとは。平成3年の誇りだ。綺羅星だ。心の底から応援したい。

昭和の終わりにこの世に出た綾辻行人十角館の殺人を皮切りに始まった館シリーズ。その名前をユーモアたっぷりに受け継いだ平成の館シリーズとも言えるかもしれない(次は水族館の殺人だ)このシリーズはその名前に恥じない傑作だった。今からミステリを読もうとしている全ての人に自信を持ってオススメできる。必読です。

 

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書影。田中寛崇のイラストが素敵だ。

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言わずもがななエラリー・クイーン。ひとつの証拠品から導かれる快感はエジプト十字架っぽさがある。と思う。

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言わずもがなな十角館の殺人。名前は似てるが雰囲気は似ても似つかない。

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作中で触れられていたシリーズその1。ヒロインの名前が一緒。

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作中で触れられていたシリーズその2。私もクビシメが一番好き。剣呑剣呑。

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作中で触れられていたシリーズその3。やたらと思わせぶりなこと言うことで印象深い。最後どうなったんだろ。

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引きこもりの名探偵、学園内での密室殺人といえばこれを思い出す。イラストは変ゼミTAGRO。これも好きだったなあ。