「聖アウスラ修道院の惨劇」二階堂黎人


優れた建造物は優れた物語を産み出す。それも時に優れたキャラクターよりも雄弁に物語を語る、と私は思う。ルブランの奇岩城も、カーの髑髏城も、乱歩の幽霊塔も、宮崎駿カリオストロの城綾辻行人の館たちも、あれらの建造物なくしてその物語は輝かない。そして、この物語に登場する聖アウスラ修道院もそれらに引けを取らない類稀なる優れた建造物である。そして、優れた建造物はその内側に読者を惹きつけて離さない優れた謎を隠し持っているのだ。

長野県、野尻湖畔にある聖アウスラ修道院カトリックの聖人によって創立され、その地下迷宮に膨大なキリスト教の文書を秘蔵しているとされる閉ざされた修道院にて、尼僧の塔の最上部の黒い部屋からひとりの女生徒が墜落死した。室内は密室となっており、自殺かとも思われたが女生徒の体には何者かに襲われたかのような無数の刺し傷があった。また近隣の村では枝垂れ桜に高名な老司教が首を切断された裸の死体が逆さに吊り下げ晒される酸鼻極まる殺人事件も発生していた。

大学生の二階堂蘭子と黎人の兄妹は修道院の現院長から院内で起きた事件の真相の解明を依頼され、修道院へと赴く。女生徒の死と老司教の死に関連を疑う蘭子は、その他に修道院で起こった不審死と女生徒が遺した暗号について調査する内にこれがヨハネ黙示録に見立てられた連続殺人であることに気づく。しかし、蘭子たちの捜査を嘲笑うかのように修道院で第二の密室殺人が起こり…。

警視正の父を持つ美貌の女子大生探偵・二階堂蘭子とその兄にしてワトソン役の黎人を主人公に、曲者揃いの修道院のシスターたちや、渋い長野県警の警察官たち、さらに犬神家っぽい豪商や八つ墓村みたいな老尼(本作では三人セットで出てくる)と魅力的なキャラクターに溢れた作品であるが、やはり本作の花形は舞台となる聖アウスラ修道院で間違いがない。

キリスト教の意匠を細部まで行き渡らせた荘厳でありながら不気味な造り、そして随所に隠されたギミックの数々。そして地下迷宮!思い出さずにいられないのが作中でも思いっきりオマージュされているカーの髑髏城、そして乱歩の幽霊塔とそれに深く影響を受けたルパン三世カリオストロの城だ。

舞台がよく作り込まれているので聖書を下敷きにした謎めいた暗号がよく映える。そして一歩間違えば「んんん?」となってしまいそうな大掛かりな仕掛けにも違和感で引っかかってしまって減速するようなこともなく物語をレールの上でフルスピードで滑走させている。これは作者が非常に丁寧にこの建造物に謎のヴェールを施したからに他ならない。

密室、見立て、暗号、宗教、歴史、隠し通路、財宝ととにかくマシマシに盛り込まれたミステリーをその内部に溜め込んだ魅惑の建造物。読み応え抜群の快作だった。おススメです。

 

f:id:gesumori:20181211082230j:image

書影。講談社文庫って特に黄色い背表紙にワクワクするよね。しない?

f:id:gesumori:20181211083228j:image

何回目かの登場の髑髏城。作中でも言及されているしまんまなシーンが登場する。

f:id:gesumori:20181211084240j:image

大デュマのモンテ・クリスト伯。蘭子が修道院を伯爵が幽閉されていたシャトー・ディフと準える。

f:id:gesumori:20181211084036j:image

元祖アルセーヌ・ルパンの奇岩城。作中では他の作品に言及あり。

f:id:gesumori:20181211083855j:image

孫のルパン三世カリオストロの城。あの城の追いかけっこやラストにワクワクした人なら本作も楽しめるはず。