「トリフィド時代 食人植物の恐怖」ジョン・ウィンダム


ある夜、緑色に光る流星群が降り注ぐロンドンの病院において、仕事中の事故によって目を怪我し入院していたビル・メイスンはその世紀の天体ショーを見逃した数少ない人間の1人だった。翌朝、誰も現れない病室で外の世界の様子に違和感を抱いた彼は目を覆う包帯を取り外すと世界は前日までとは様変わりしていた。世界中の人間が失明し、盲人となっていたのだ。一夜にして静かに破綻したロンドンの街を探索している最中、ビルは盲人に襲われていたジョゼラという彼と同じく目の見える女性と出会う。ジョゼラとなんとか生き抜く算段を始めたビルだったが、街の外には人間が油などの加工品にするべく品種改良を施したトリフィドと呼ばれる三本足で歩行する植物が人の支配を逃れ闊歩し始めていた。トリフィドは人を一撃で殺せる毒の触手を持っており、やがて人を襲うようになっていく。

数少ない目が見える人間たちは安全な場所を確保し、それぞれ今後の方針を議論し始める。疫病や目の見える人間を奪い合う盲人たちが溢れかえる前にロンドンを逃れ、一夫多妻制度で目の見える人類を増やそうとするグループや、目の見える人間が盲人たちを指導し、彼らを生かそうとするグループ。意見の対立するグループの中で身の振り方を思案するビルとジョゼラであったが、やがてグループ同士の衝突において離れ離れになる2人。ビルはジョゼラの後を追ってロンドンを離れるが、トリフィドは不気味にその勢力を増していき…。

SF作家と言えば誰を最初に想像するだろうか、人によって違うだろうが私はH・G・ウェルズが真っ先に思い浮かぶ。それは小学生のときに親が買ってきたモロー博士の島を読んだからだが、絶海の孤島で獣の頭を持つ獣人を創り出す狂気の老博士の姿はイラストのおどろおどろしさと相まって怖かったことはよく覚えている。しかし、内容を読み込めたかというとそんなことはなく、その後もタイムマシンなどを手に取ってみたもののイメージが追いつかず、それ以来古典SFとは遠ざかっていた。そもそもSFは科学を取り扱うのだから、科学技術が進歩した現代、最新のものが一番身近で面白いに決まっている、と読まず嫌いでなんとなく思っていた。しかし、私のそんな偏見はロバート・A・ハインライン夏への扉を読んだことで打ち砕かれた。タイムトラベルという開拓され尽くした題材、70年以上前に書かれたのにもかかわらず、ページを捲る手は止まらず、一気読みしてしまった。そのとき私は思った。なんてエンターテイメントに満ち溢れているんだ!

トリフィド時代も三本足の侵略者が人間社会を脅かす、という内容はウェルズの宇宙戦争と似ているが、その作品の重心は人間が失われた文明の中でいかにより良い社会を新たに創造するか、という人間同士のやりとりに置かれている。ここまで読んでていて薄々感じている人もいるだろうが、ロメロのゾンビ映画と非常によく似た構造をしている。それもそのはず、1962年の本作の実写映画化作品である人類SOS!は1968年に上映されたナイト・オブ・ザ・リビングデッドに大きな影響を与えた映画なのだから。タイトルもThe Day of the Triffidsとよく似ている。ロメロはこの映画のトリフィドの静かに人間たちに近づき彼らを喰らう姿と視力を失ってこれまでの人間らしい理性を欠いた獣のような盲人たちから文明と理性の破壊者たるゾンビの姿を創造していったのだろう。

作中に印象的な会話がある。

 


「すごく気軽にものを盗る話をするのね」

「別に気軽なわけじゃない」わたしは認めた。「でも、それが美徳なのかどうかよくわからないんだーーただの習慣だったんじゃないかって気がしてね。それに事実に直面することをかたくなに拒んだところで、物事は元に戻らないし、なんの役にも立たないだろう。たぶんぼくらは自分たちを泥棒ではなく、むしろーーそうだな、不本意な相続人だと思うようにしなければいけないんだよ」

「そうね。たぶんそんなところなんだわ」

 


これは序盤のビルとジョゼラの会話だが、当初は無人の店舗から物を拝借するときに金銭を支払っていたビルがわずか1日でこの結論に達したのである。東日本大震災の際にも営業を停止したコンビニで同じように無人のレジに律儀にお金を置いていった日本人の話が話題になっていたが、それはその状況がいずれ回復すると私たちが信じていたからだし、事実そうなった。しかし、もし私たちがビルたちと同じ状況に置かれたとしたらどうだろう。私たちはいつまでも財布の中からお金をレジに置き続けることができるだろうか。財布の中がすっからかんになってなお、空腹を耐えることができるだろうか。

繰り返すが本作は70年も前に書かれた作品である。しかし、そこに描かれている世界は現代の社会において地続きの価値観、そして問題提起がなされている。三本足で歩く食人植物は私たちが鼻で笑う突拍子も無い空想かもしれない。しかし、いずれ人間は藻をバイオエネルギーにするらしいし、ミドリムシを食べるようになるらしい。私たちは今のところそこになんの違和感を抱いていないが、ひょっとしたら人類が気づいていない脅威がそこに潜んでいるのかもしれない。

科学技術は日々進歩していくが、古典名作の中にあるSFは古臭くなることはない。そう感じさせてくれる一作でした。

 

f:id:gesumori:20190212235312j:image

書影。こんなのが毒の触手を振り回しながらワラワラ群がってくるの恐怖しかない。

f:id:gesumori:20190212235520j:image

ウェルズのモロー博士の島。イラストがマジで怖い。

f:id:gesumori:20190212235647j:image

同じくイギリスが舞台で三本足の怖いやつが出てくるウェルズの宇宙戦争。作者も影響を強く受けたらしい。

f:id:gesumori:20190212235817j:image

ハインライン夏への扉。この人のタイムトラベルものはマジで面白い。あと猫ちゃん可愛い。

f:id:gesumori:20190212235936j:image

ハインラインの短編、輪廻の蛇を映画化したプリデスティネーション。え?イーサン・ホークが?って衝撃の展開が何回観ても面白い。

f:id:gesumori:20190213000206j:image

本作の影響を強く受けたロメロのナイト・オブ・ザ・デッド。超名作。

f:id:gesumori:20190213000317j:image

実はゾンビは植物だった!って展開が本作の遺伝子を感じさせるマイク・ケアリーのパンドラの少女。そして映画ディストピアメラニーちゃんが強い。たくましい。そして可愛い。