「アメリカ銃の謎」エラリー・クイーン


ニューヨーク、ブロードウェイに一大ロデオショーがやってきた。〈暴れん坊〉ビル・グラント座長に率いられるロデオ一座の目玉は往年の西部劇スターであるバック・ホーンのカムバックであった。クイーン家の愛すべき従僕であるジューナにせがまれ、ロデオショーに赴いたクイーン警視とエラリーの親子。二万人の観衆の前に華やかに登場したバックを数多のカウボーイたちが追う。彼らの拳銃が一斉に発射された次の瞬間、西部劇の英雄の体は傾き、馬から落ちる。彼は射殺されていた!

すぐさま会場は封鎖され、ショーの出演者の拳銃が集められる。しかし、被害者のものを含めた45挺の拳銃はどれも凶器ではなかった。二万人の観衆も残らず身体検査をされ、会場もくまなく捜索されるもついに拳銃は発見されなかった。一体誰が、どうやって、二万人の目の前で大胆にも人を殺し、そして消えおおせてしまったのか…エラリーが解決に挑む。

国名シリーズ第6弾であり、デビュー作であるローマ帽子の謎の大劇場、フランス白粉の謎のデパート、オランダ靴の謎の病院と着実に舞台の広さと容疑者の数を増やしてきたクイーンであるが、いよいよ来るところまで来てしまった感がある。なんと言っても今回の容疑者は二万人もいるのだから。エラリー自身も「次はヤンキースタジアムかもしれないですね」とか不吉な予言をしちゃってるから手に負えない。毎回、現場を封鎖したり、容疑者の身体検査をするクイーン警視の部下たちは本当に大変そうだが、今回はかつてない規模で気の毒なほど憔悴していく(警視の片腕で鋼鉄の巨人と称されるヴェリー部長刑事が思わず居眠りをしてしまうほどだ)。

しかし、その二万人の容疑者の中からたったひとりの犯人へと辿り着くまでの消去法のロジックはさすがのクイーン、見事である。そして、忽然と姿を消した一丁の凶器が登場人物たちの目の前に姿を現わすの瞬間の劇的さ、思わず膝を打ちたくなる意外なその隠し場所も面白い。

そして、今回のアメリカ銃の何が出色かというと饒舌なキャラ造形と風景描写だろう。前口上でエラリーが友人のJ・Jに事件を振り返る印象的な場面がある。

 


「さて、ここに黒の色水があるーーバック・ホーン本人だよ。そして、金色の水ーーこれはキット・ホーンだ。ああ、キット・ホーン」彼はため息をついた。「頑固な灰色の水ーー暴れん坊のビル爺さん、そう、〈暴れん坊〉ビル・グラントだ。健康そうな褐色の水はーー彼の息子の〈巻き毛〉君。毒々しいラベンダー色の水はーーマーラ・ゲイという……ええとゴシップ新聞はなんて呼んだっけ。ああ、〈ハリウッドの蘭〉だ。……その夫のジュリアン・ハンターは、ぼくらの分光器にかけるならドラゴンの緑だね。トニー・マーズはーー白、かな?プロボクサーのトミー・ブラックはーー力強い赤。〈一本腕〉のウッディーーあの男は蛇の黄色がぴったりだな。そして、その他大勢だ」エラリーは天井に向かってにやりとした。「なんとも華やかな色彩の銀河宇宙じゃないか!」

 


なんとワクワクする割り振りであろうか。そして、これに飽き足らず事件が起こるまでの間にとにかく饒舌にページを使いまくって顔に刻まれた表情や会場に立ち込めるにおいまでもが感じられるほどキャラと舞台を作り込んでいく。そして、丹精込めて作り上げた舞台と役者たちが出揃ったときに起こる事件の大波乱。これには呑まれてしまった。

解説の太田忠司も触れていたが、これまでのクイーンは推理小説としての純度を上げるためにキャラの個性や情景描写を省いていた部分がある。しかし、今回はそこから一歩踏み出し、パズルの記号としての登場人物や舞台に留まらない華やかでドラマチックな物語を作る生きた世界を作り上げ、普遍的な小説としての完成度を増しているように思えた。

そして、先述の通り、その饒舌な語り口が推理小説としての論理を曇らせるようなことはない。むしろ高度に共生しているとさえ言える。

毎回読む度に新たな発見と新鮮な驚きを感じさせてくれる本家・国名シリーズ。新訳で読みやすく手に入りやすくなっている。そしてクイーン先生が「ええか?キャラはこうやって盛っていくんや!そして風景はこう!」って言ってるみたいな饒舌な語り口は物語を書く人ならば一度ぜひ読んでみてもらいたい。おススメです!

 

f:id:gesumori:20190317083904j:image

書影。早く次のシャム双生児の謎も読みたいんだけど次の新訳はXの悲劇らしい。

f:id:gesumori:20190317084126j:image

大観衆の前で起きる事件といえばパニック・イン・スタジアム。パニックになって逃げ惑う大観衆がマジで怖い。