「さよならよ、こんにちは」円居挽


円居挽という名前を聞くと、京都のことを深く思い出す。私自身京都のボンクラ大学生であった縁もあって、大学の近所の本屋で並んでいた作者の烏丸ルヴォワールを手に取ったのがもう7年前近く(なぜかシリーズ1作目から読まない私の悪癖がここでも発揮されている)。

私が普段歩いていたような馴染みのある場所が非日常の物語の舞台となる高揚感(確か瓶賀流と山月の会談場所が金閣寺の駐車場だった気がする。ご近所!)、大学生の彼らが知恵と策謀と弁舌を以って怪人超人巨悪と対峙していく胸打つ展開、どれもとても楽しかった。思えば西尾維新戯言シリーズで京都の大学生活に憧れ、森見登美彦の作品に京都の東側の文化に魅せられ、そして綾辻行人有栖川有栖といった京都の大学生を描いた新本格ミステリへの道へと誘ってくれたのは京都という街を舞台にミステリを書き続けた円居挽のおかげかもしれない。そう思うと恩のある作家であると今になって思う。

ルヴォワールシリーズの主人公のひとり、京都で古より開かれていた秘された私的裁判である双龍会の若き龍師(弁護士であり検事である詭弁イカサマ上等の弁舌家)の御堂達也がまだ母方の姓である本陣達也を名乗っていた頃。彼は亡くなった母の復讐のために仇がいるという奈良の山奥にある越天学園へと入学する。絶対記憶を有する彼は復讐の足掛かりとして学園内で探偵の真似事をして、あらゆる人物の困り事を捜査し、その成果によって恩を売ったり弱味を握ったりしては彼らを手足として使い仇の手がかりを集めており、学園内で畏れられていた。彼の側には後に大学と龍師の先輩となり人生の中で大きな存在となる瓶賀流や反省室と呼ばれる達也の根城となる探偵事務所のようなアジトの仲間たちがいた。一人で生きられると語る彼が奈良の狭い世界で人との生き方を見出していくルヴォワールの前日譚とも言える連作短編集だ。

本作は作者の生まれた奈良を舞台に達也が仇に敗れ、京都に流れ着くまでを描いている。達也の母校・越天学園についてはルヴォワールでも言及されていて、作者の母校がモデルらしい(後輩のM君の母校でもある。聞いていた通りにかなり辺鄙なところにある学校のようだ)。私も高校の同窓に奈良生まれが多かったからか、彼らが語る物寂しいものの牧歌的な奈良の雰囲気には少し親近感がわいた。

以下、収録作品について触れていく。

 


・「DRDR」流の溜まり場となった学園寮の達也の部屋。彼はそこでドラクエ1のソフトをプレイする流のプレイを傍目にふっかつのじゅもんの記憶役をさせられていた。「せかいのはんぶんをおまえにやろう」という有名な竜王の提案に「はい」と答えた流。バットエンドのじゅもんを記憶させられた達也だったが、そこで流はさらに「この続きを解いてくれ」と宿題を残す…。ドラクエ1をやったことない私でもグッとくるセンチメンタルにノスタルジックな日常の謎。作者が最高傑作と自負するに頷ける趣深い短編。

 


・「友達なんて怖くない」達也の一風変わった本棚を見て首を傾げる反省室の仲間である御堂守哉と桜田水姫。そこから休日の達也を尾行する守哉だったが…。本で人と人が繋がっていくのはいいよなあ、と思わせてくれるいい話。

 


・「勇敢な君は六人目」誰かが落とした謎の暗号が記された手帳。その手帳を巡って5人もの落とし主が達也たちの反省室を訪れる。暗号を解析することでとある犯罪の可能性に気づいた達也は犯人たちと対峙するべくゲームセンター・キャノンショットへと乗り込む…。探偵団出動!というような小気味いい冒険譚。達也の女たらしが意外な新キャラに炸裂する。今はなきあやめ池遊園地が印象的に登場する。

 


・「な・ら・らんど」流はならまちの中で目的地とその目的に迷っていた。そこで出会った褐色の美女・安蘭寺くろみの不気味なほど正確な推理と口車に乗せられ、彼女は2人で目的地を目指すが…。駄洒落やん!となるタイトルに反してDRDRに繋がる流の心の動きを丁寧に描いた綺麗な話。

 


・「京終にて(アット・ワールズエンド)」学校と実家と母の入院する病院を最短距離で移動する小学生の達也。絶対記憶の体質故に周囲と折り合えず、そのことから母親に弱いところを突かれ、病院の屋上へと避難する。そこで本を読んでいると謎の美女が彼に話しかけてくる。彼女は未来予知の能力を持っていると言い、彼を恐怖させるような振る舞いを見せるとともに彼の人生に大きな示唆を与えていく。達也の初めての敗北と後に不屈の龍師となる彼の原点ともなった闘いの話。泣ける。

 


・「ふっかつのじゅもん」闘いに敗れ、復讐を果たせず御堂家の養子となった高校三年生の達也。彼は燃えてしまった自分の寮を見上げて、これからのことを考えていた。丸太町ルヴォワールの直前の話。

 


丁々発止、イカサマ、どんでん返しアリアリのルヴォワールシリーズに比べると非常に穏やかで小さいスケールの話ばかりだ。しかし、後の御堂達也や瓶賀流といった物語の重要なキャラクターの新たな側面を見せてくれており、次回ルヴォワールを再読したときに新たな発見をさせてくれることだろう。

物語のラストに非常に印象的な会話がある。

 


「ちょっとだけゲームの話をしよう。ハードウェアの限界が世界の限界を決めてきた。これは解るかな?」

ドラクエのマップがどんどん広くなっていったのも容量が増えていったからですよね」

「そういうことだ。そして君も同じだよ」

奈良の街、越天学園……思えば随分と狭い世界に囚われてきた気がする。

「君は身も心も大きくなった。それに相応しい世界が待ってるよ」

おそらく達也がこの場所から出て行きたいと感じているのもそういうことなのだろう。ここはもう自分には狭いのだ。

 


奈良から京都へ。そしていつか京都すら彼には狭く感じられていくのだろうか。これからの彼らのことが気になるとともにルヴォワールシリーズを再読してみたくなった。いつのまにか過ぎていった平成のノスタルジーを感じさせる地方都市の青春連作短編。おススメです。

 

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書影。イラストはルヴォワールから引き続きくまおり純が担当。

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講談社BOXから刊行されていたルヴォワールシリーズ。相手をやり込められればなんでもありのどんでん返し法廷ミステリ。全4巻。

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作者によるノベライズ版逆転裁判逆転裁判逆転検事のキャラをうまく登場させながら、ふたつの時間のふたつの事件を逆転裁判らしく解決。近々、FGOのノベライズも刊行されるらしいのでそちらも楽しみ。