「天国でまた会おう」アルベール・デュポンテル

 

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久しぶりに鎮火気味だった映画熱が盛り返して来たので、ふらっと県内唯一のミニシアターであるソレイユに行ってきた。地元にあったレトロミニシアターは潰れちゃったけど、ここは令和になっても相変わらず上映が始まるとき、ブザーの音で始まるのがいい。香川、岡山は味のあるレトロミニシアターが存命しててとても嬉しい。あとはイオンシネマの天下だけど。

閑話休題。そんな感じで天国でまた会おうである。原作はピーター・ルメートル。その女アレックスを書いた人、と言えば通じるだろうか。書店でスルーされがちな海外ミステリの中でも比較的に置いてあったからタイトルだけは知ってる人も多いかと思う(私もその安心感から読むのを後回しにしてしまっている。反省)。監督はフランス人のアルベール・デュポンテル、そして主演はアルゼンチン人のナウエル・ピエーズ・ビスカヤートだ。

物語は第一次世界大戦末期、西部戦線から始まる。前線である113高地のフランスを始めとする連合国軍と敵国であるドイツの兵士たち間にも休戦の噂が流れ、士気は低下していた。そんな中、戦争を終わらせるのを良しとしないフランスのプラデル中尉は卑劣な偽装工作により、戦闘中止命令を無視し、戦闘を開始する。塹壕より這い出し、突撃を開始するフランス兵たち。砲火降り注ぐ戦場で榴弾の爆発に巻き込まれた兵士のマイヤールは生き埋めになってしまうが、そこを辛くも仲間のエドゥアールに救われる。しかし、その刹那の後、今度はエドゥアールが爆撃に巻き込まれてしまう。病院で目覚めた彼は、自分の吹き飛んでしまった顔の下半分を見て驚愕する。まともに言葉を発することができなくなったエドゥアールはマイヤールに自分を死んだことにしてほしいと懇願する。

復員したマイヤールを待っていたのは祖国の残酷な現実だった。戦死した兵士たちが英霊として祭り上げられる一方、傷ついた帰還兵たちは冷遇され、以前の職も、かつての恋人も彼を迎え入れてはくれなかった。さらに怪我の後遺症でモルヒネ中毒となったエドゥアールを介護し、彼の死を遺族に偽装し、彼のために他の帰還兵から配給品のモルヒネを奪い、なんとかその日をやり過ごしていた。

モルヒネに耽溺して隠れるように生活していたエドゥアールであったが、下宿先の娘と心を通わせるようになり、やがて自らの芸術の才能を発揮し、美しい青いマスクを創り出す。見違えるように活力を漲らせた彼は、少女を通訳に、マイヤールにある犯罪を持ちかける。それは架空の戦没者記念碑を種にした大胆な詐欺であった…。

まず目を引かれるのはエドゥアールの美しくユーモアに満ちたマスクの数々である。

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彼が生まれ変わったときの美しい青いマスクや

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悪巧みしてまっせ!って悪党マスク

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潜入中の変装マスクに

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印象的な孔雀のマスク。

とにかくシーン毎にバリエーション豊富にマスクが登場しまくる(ありすぎて一発マスクすらあるくらいだ)。エドゥアールは顔の下半分を失い、まともに話すことも食事をすることも、表情を作ることすらできなくなっていた。しかし、彼の天賦の芸術の才能により産み出されたマスクの数々は彼の失われた自己表現の手段となり、シーン毎に饒舌に彼の感情を語っている。そのお喋りっぷりはジム・キャリーにだって負けていない。私のお気に入りは予告にも登場した表情を変えることのできるマスクだ。

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だが、彼の本当に素晴らしいのは目の演技だと思う。目は口ほどに物を言うと言うが、マスクの隙間から見えるその目は登場人物はもちろん、観客の視線をも釘付けにする。

そして、エドゥアールには神に与えられた二物がある。それが犯罪の才能である。実にクレバーでエキセントリックに、そして優雅に犯罪を楽しむ姿に「こいつこの後なにしてくれるんだろう」とワクワクが止まらない。戦後、戦没者の埋葬を生業に成り上がったプラデル中尉に対する嫌がらせに近い仕返しなんかは、本当に着眼点から性格が悪くてにやにやしてしまった。しかし、彼はただの愉快犯として犯罪を楽しんでいたわけではない。彼がこの大胆な犯罪に取り組んだ理由は彼の悲しい生い立ちに根ざしており、その最後に彼の目に浮かんだ感情は途轍もなく深い悲しみをたたえており、涙を誘う。

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彼の相棒であるマイヤール(演じるのはデュポンテール監督)はエドゥアールと真逆の小市民だ。

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臆病で風采の上がらない彼は、戦争で一段高い精神状態へと移行したエドゥアールとは違い、ずるずると低いところへとずり落ちていく哀愁漂う中年男性だ。彼は良くも悪くも優しい男であり、エドゥアールのために献身的に尽くす。しかし、彼はエドゥアールのイエスマンとは成り下がらず、彼なりに人生を立て直そうと試行錯誤を繰り返す。彼らのその姿は犯罪者版ホームズとワトスンのようだ。

エドゥアールのもうひとりの理解者であり、彼の通訳と作品のプロデュースを務めることとなる少女ルーシー役のエロイーズ・バルステールも非常にチャーミングだ。本作が映画初出演らしく、今後の活躍が楽しみだ。歌がとても下手らしい。かわいい。

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本作で仇役のクソ男・プラデル中尉を好演したローラン・ラフィットとエドゥアールの父親役のマルセル役のニエル・アレストリュプなどの脇役も実に堅実で豪華だ。

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アートのような華やかな造りと強かな謎解きを含んだ確かな佳作。もう上映されてる映画館も少なくなってきてるだろうけど、ぜひ劇場で観てもらいたい作品だ。しみじみといい話だった。おススメです!

 

 

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本国のポスター。すごく好き。

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原作者ルメートルの代表作、その女アレックス。なんとなく後回しになってから早く読みたい。

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フランス産・仮面の犯罪者と言えばオペラ座の怪人。原作は推理小説黎明期の密室殺人として名高い、黄色い部屋の秘密のガストン・ルルー

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マスクと言えば、ジム・キャリーのマスク。幼少期に吐くぐらい金ローとかで観せられた。

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「え?マイケル・ファスベンダーにマスクを!?」となってそのヴィジュアルに度肝を抜かれたフランク。スーパー面白いらしいので観たい。