「ロード・エルメロイ二世の事件簿1 case.剥離城アドラ」三田誠


大絶賛アニメ放映中のロード・エルメロイ二世の事件簿の原作とも言うべきノベル版だ。本作の主人公、ロード・エルメロイ二世は魔術界を三分する勢力の一つ、魔術協会、その総本山である時計塔に所属する魔術師の中でも12人しか存在しない君主(ロード)の1人。10年前、時計塔の一学生で平凡な魔術師だった彼は日本で行われた第四次聖杯戦争に強引に参加し、大方の参加者が死亡した中、生還するという奇跡を成し遂げた。その後、同じく聖杯戦争に参加し、戦死した師匠のケイネス・エルメロイの跡を継ぎ、ロード・エルメロイ二世となって、現代魔術科の君主となる。

ここまで読んで、Fateシリーズ、ひいてはTYPE-MOONの作品群について知らない人は「はあ…」という感じだろう。この作品は元祖であるFate/stay nightの前日譚であるFate/Zeroのさらにスピンオフであるのだからその敷居の高さは相当である。詳しくはウィキペディアとかで読んでもらった方が間違いがないし、Fate/Zeroを少し観たことがある人なら征服王イスカンダル(cv.大塚明夫)のマスターのウェイバーくん(cv.浪川大輔)が成長した姿、と言えば分かってもらえると思う。

正直、TYPE-MOON作品を網羅することを5年以上前に諦めた私も久しぶりにがっぷり四つに組んで取り組もうと思えた作品だ。なにがそんな私の気を引いたかというとやはりタイトルだろう。

事件簿。事件簿である。聖杯戦争といえば古今東西の英雄を現代に召喚して、バトルロワイヤルをやるという世の中学生がよだれを垂らすようなアイデアで、世界史沼にバンザイ突撃してズブズブハマってしまうような異界であるが、そこに実にそぐわない響きだ。しかし、心高鳴るものがある。具体的な話の前にあらすじに触れる。

ロード・エルメロイ二世は義妹のライネスから借金返済ととある目的の為の依頼を持ちかけられる。魔術刻印の修復師として知られる魔術師ゲリュオン・アッシュボーンが亡くなり、遺産相続が行われるという。その遺産相続に立ち会ってほしい、という依頼であった。二世は内弟子のグレイを引き連れて、天使の意匠が至る所に散りばめられた不気味なアッシュボーンの居城であり、魔術工房であった「剥離城アドラ」を訪れるが、そこには彼らの他に高位の魔術師たちが招待されていた。アッシュボーンの遺産相続の条件はシンプルなものだった。参加者には天使の名が与えられる。そして、アッシュボーンの天使の名を当てる。もし、その天使の名を当てられなければ天使の名を奪われる。参加者はそれぞれの得意分野をもって天使の名を推理するが、やがて城内において殺害された魔術師が発見される。その死体は無残にも傷つけられ、与えられた天使に対応する人体の一部と魔術刻印が奪われていた…。

登場する魔術や登場人物、世界観はこれまでのFateの世界では馴染み深いものばかりで、実にそれらしい。しかし、あくまで本作は事件簿であり、本質はミステリである。

作中、二世は「魔術師が相手ならハウダニットやフーダニットには意味がない。ホワイダニットこそ、事件を解明する」という言葉を繰り返し語る。魔術師は超常現象を扱うから、どのようにやったか、誰がやったかから犯行を推理するのは不可能だ。しかし、なぜやったか、という観点からは事件を推理することができる、という。非常に限定的で特殊な環境で育った推理法だ。しかし、Fateという長い作品の歴史の中で鍛え上げられた魔術という背骨がこの特殊な筋肉をよく支えている。屋敷の見取り図などミステリ読みにとって馴染み深いギミックが配されてるのも憎い。広範な魔術の知識とFate世界の知識がなければ答えに辿り着けない、という点では読者に挑戦してくるようなフェアな作品ではないが、特殊設定ミステリとしての体裁は取れており、まさに事件簿の名に恥じないミステリ作品として仕上がっている。

また、もう一つ、私の興味を引いたのが、作者の三田誠である。彼の代表作にアニメ化されたレンタルマギカがある。レンタルマギカは平凡な高校生の伊庭いつきが魔法使い派遣会社アストラルの二代目社長となって、個性豊かな魔法使いの社員たちとさまざまな魔法が関わる事件に立ち向かっていくライトノベルであるが、本作と通底するものが多く感じられた。

まず、登場する魔術師の多様さ。二世には宝石魔術を得意とする気の強い名家の令嬢、騎士のような気質を持つ好青年錬金術師、金儲け至上主義の占星術師の傭兵、気さくな関西弁兄ちゃん山伏、権威を重んじる嫌味な性格の老魔術師などジャンルもバラバラな魔術師たちが登場するが、これがレンタルマギカのアストラルや魔法世界の雰囲気によく似ている。

またカバラ錬金術、天使、ドルイドにルーン、修験道、魔眼などレンタルマギカにも登場した魔術/魔法の知識量も健在だ。

そして、主人公の立ち位置も少し似ている。二世の世界の魔術師たちは神秘の根元に辿り着くべく、子々孫々、魔術の研究に邁進し、あらゆる犠牲を厭わず、独特の倫理感を有している。一方、レンタルマギカでも魔法使いとして真っ当な研鑽のほかに一部の魔法使いが魔法そのものになるという禁忌に近づこうとしている。しかし、二世も伊庭いつきも魔術師としての才能に乏しく(いつきは例外的な力を持っているが)、魔術師的な欲求に疎い。それ故に一般的な魔術師とは違う感覚を持っており、ほかの魔術師たちに驚かれたり呆れられたりしながら、やがて彼らを味方にしていく。そんな両者にもう一つ共通するのは導く者であるという資質である。二世は広範な知識から教師(アスリートのような体格に恵まれない名トレーナーに喩えられる)として、いつきは生来の人の良さから社長として、袋小路に陥った魔術師たちを掬い上げ、前進させていく。出来の良い先代の幻影に目を眩ませながら、それでも前へ進もうとし、周りのものを導いていく彼らの姿は愛おしく、頼もしい。とても好感の持てる主人公たちだ。

とにかく読んでいて、懐かしい、という感覚だった。二世のアニメも列車内の殺人事件というたまらなく美味しいシチュエーションで爆走中だし、漫画と舞台とさらなる広がりを見せている。このまま原作の方も追いかけていきたい。面白かった!

 

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書影。カバーイラストは坂本みねぢ。TYPE-MOON BOOKS版もあるが、角川版の方が手に入れやすいです。

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アニメ版。ウェイバーくんが浪川大輔だったのはこのアニメを観て、本当に慧眼だったなあと思った。水瀬いのりのライネスも可愛くて非常にいい。

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作者の代表作、レンタルマギカ角川スニーカー文庫刊。ドルイド陰陽道神道、ソロモンの悪魔、錬金術密教、魔眼など実に多様な魔法使いが登場する。本当に面白い。アニメ版は植田佳奈伊藤静釘宮理恵諏訪部順一Fateでもお馴染みの豪華声優陣だった。アッド役の小野大輔も出ている。魔術考証は二世と同じく三輪清宗