「虚構推理短編集 岩永琴子の出現」城平京


「やあ、おひいさまを信じて悪いことはありませんよ。どっこい、どっこい」


(「ギロチン三四郎」より抜粋)

 


城平京と言えば漫画原作者としてのイメージが強いかもしれない。私たちの世代で言えばガンガンで連載されていたスパイラル~推理の絆~が夕方にアニメ放映されていたし、もう少し後には同じくガンガンで連載されていた絶園のテンペストが深夜帯で放送されていた。

しかし、城平京は第8回の鮎川哲也賞の最終選考に残った名探偵に薔薇をにて長編推理作家デビューを果たした推理小説家であることを忘れてはならない。そして、本シリーズも2012年にその第1作である虚構推理 鋼人七瀬にて本格ミステリ大賞を獲っている。またスパイラルも本編よりも作者自身の手によるノベライズの方が本格ミステリとして評価の声が高いとする向きもある(早坂吝も言ってた)。

2011年に講談社ノベルスから刊行された虚構推理は当時も話題となったらしいが(読んだのはもう少し後だったが、当時も本屋でよく見かけた)再び脚光を浴びたのは2015年になってからマガジンRで作画・片瀬茶柴によるコミカライズが始まってからだ。そして、鋼人七瀬編が終わってまだコミックオリジナル展開が続いた辺りから期待していたが、この度めでたくアニメ化が決まった。めでたい。

そんなノリに乗っている本シリーズであるが、鋼人七瀬から7年、再び城平京による短編集が発売された。めでたい。

以下、鋼人七瀬のあらすじに軽く触れる。

桜川九郎は従姉が入院する病院で杖をついた1人の少女と出会う。少女の名前は岩永琴子。西洋人形のような幼い美貌を持つこの少女は、11歳の頃に神隠しにあい、あやかし達に右眼と左足を奪われ、現在は義眼と義足を身につけて生活していた。琴子は人間のような知恵を持たないあやかし達に一眼一足とされることであやかしでは解決できない問題を解決する『知恵の神』となる契約をし、彼女を『一眼一足のおひいさま』として慕い畏れるあやかし達に請われては彼らに知恵を貸し与えていた。そんな彼女は九郎を病院で見かけて一目惚れ。長年告白の機会をうかがっていたが、九郎が婚約者と破局したという情報を掴んではそれを実行したのだった。

琴子はあやかし達から真倉坂市という地方都市に出没する都市伝説・鋼人七瀬と呼ばれる怪異に対処するべく現地に赴く。また琴子を厭う九郎であったが、行方不明になった従姉を探す途上で同じく真倉坂市にて鋼人七瀬と遭遇する。そこに警察官で九郎の元婚約者である弓原紗季も合流し、3人でネットの力によって拡大する鋼人七瀬の脅威に立ち向かう…。

本シリーズの魅力は一見突拍子のないもののように思えるあやかしや都市伝説を当然のもののように扱いながら、それでも本格ミステリとして遺漏なく作品を成立させていることだろう。この人はぶっ飛んでとっ散らかった設定を綺麗に本格ミステリという箱に納めるのが巧い。アニメ的な設定を盛り込んだ特殊ミステリはその数を増やしたが、城平京はその白眉であると思う。そして、琴子の外道ヒロイン力の高さ。外見は非の打ち所がない美少女なのに口は悪いし、下ネタに物怖じないし(むしろ自分から嬉々として突っ込んでいく)、悪巧みに長けている。しかし、かわいい。おひいさまかわいい。

本作はその後の琴子と九郎が関わる事件について描かれた短編集である。以下、収録作について触れる。

 


「ヌシの大蛇は聞いていた」隣県の山奥のヌシの大蛇にとある相談を持ちかけられた琴子は現地へと赴く。ヌシ曰く、自らの縄張りにある山奥の沼に死体を遺棄した女性が行動とそぐわぬ不可解な呟きを漏らしたのを聞いてしまい、気になって仕方ないので、その真意を解釈して説明してほしいという。なぜ女性が死体を沼に遺棄したのかを解き明かすホワイダニット。神経質で一筋縄では納得しないヌシを黙らせる琴子の論理と論理で語りきれない人間の本質を描いたラストのコントラストが素敵。

 


「うなぎ屋の幸運日」地元の穴場感満載の普通の人なら入るに躊躇ううなぎ屋に友人同士で入店した男2人だったが、そこには西洋人形じみた風貌の美少女の先客がいた。彼女は何者なのか、どうしてうなぎ屋に?美少女の正体を推理する男たちであったが、片方の男の意外な解釈からとある犯罪へと話は流れていき…。どうやったらこんな奇天烈な風に話を転がせられるんだと唸らされた。でも着地は意外と湿っぽく後味が苦い。この短編集で一番好みな話。

 


「電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを」ドラマの聖地化から一躍有名になった地方の漁村で魚の大量死が頻発する。原因不明の大量死に暗い雰囲気が立ち込める漁村にて言葉を話す化け猫に家に居着かれた老婆はその大量死の原因がとある怪異によるものであることを知る。その怪異とはまるでピノッキオのような姿でありながら、その右手から雷撃を放つ木偶人形。雷撃のピノッキオはなぜ産まれたのか。琴子と九郎が解決に乗り出す。城平京と言えば度々珍妙な名前の小道具や人物を生み出す作家であるが、これもその類。それでいておちゃらけた話にならずに「雷撃のピノッキオ…悲しい…」となるのが不思議。怪異バトル短編。

 


「ギロチン三四郎」死のモチーフと招き猫を同居させたイラストを持ち味とする女性イラストレーターはとあるニュースに目を奪われる。世にも珍しい国産ギロチンで人の首を斬った男が逮捕されたというニュースだ。その男はかつての自分に因縁がある人物で、その人物の逮捕によって自分の過去の犯罪が明るみに出るのではないか、と怯える女だったが、男は沈黙を守った。後日、女がローカル線で出会ったのは青年の肩で眠る美少女。眠る少女を尻目に言葉を交わすようになった女と青年だったが、やがて青年の口から事件のことが語られ…。またもや変な名前!でもきちんとロジック!一番血塗れな話だったが、一番優しさに溢れていた。すてき。

 


「幻の自販機」琴子の口からうどんの自販機のことを聞かれた九郎。現在は下火になったものの日本中に点在し、未だマニアも存在するような自販機であったが、琴子の言う自販機は化け狸が自作のうどんをほかのあやかしや人間に振る舞うべく、山中に作り上げた迷い家のような異界の休憩所にて運用しているいわゆる妖怪うどんの自販機のことであった。しかし、この自販機のある異界に迷い込んだが故にアリバイが成立してしまった殺人犯が犯行を自白をしたものだからさあ大変。異界の周りを執念深い警官が嗅ぎまわり、このままではうどんを売れない、と言う。この警官を納得させて捜査をやめさせるようにアリバイ工作を意図しなかった犯人のアリバイ崩しをすることとなるが。変な事件の変なアリバイ工作。珍妙な外見な話なのに問題はトリッキーで首を捻るしかなかった。変な話!

 


久しぶりに続編を読めたことが嬉しくなる粒揃いの短編集だった。また長編でもやってほしい。そして、そのためにもアニメも応援したい。琴子の声、誰だろうなあ。

 

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書影。今回はコミック版の片瀬茶柴が手がけている。講談社タイガ刊。

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前作。イラストは万能鑑定士Qでお馴染みの清原絋。

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作者の代表作であるスパイラル〜推理の絆〜。ブレードチルドレンと呼ばれる殺人鬼になる可能性を秘めた子どもたちを巡る事件を名探偵の弟である鳴海歩が解決していく。カノンくんが改造エアガンぶっ放してバトル漫画になる前の方が好き。でも終盤のひよのちゃん、よかったよね。未だにアニメのオープニングとエンディングをたまに観たくなる。アレルヤ

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スパイラルのノベルス版。歩くんの事件簿と鳴海兄の過去の事件簿が収録されている。鋼鉄番長がいい話だった記憶があるけど、それよりはあの叙述トリックが衝撃的過ぎて未だに忘れられない。

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作者のデビュー作。小人地獄という架空の毒薬が関わる2つの時間の物語。名探偵のあり方を問う悲しい話。

 

 

「入れ子の水は月に轢かれ」オーガニックゆうき


本作は早川書房が主催するプロにもアマにも門戸が開かれたミステリーの新人賞であるアガサ・クリスティー賞の第8回受賞作である。

ゲリラ豪雨によって知的障害を持つ双子の兄・潤を亡くした岡本駿。母子家庭で生活に困窮していた岡本家において潤の障害者年金を受給し続けるために駿は死んだ兄として生きることを母親に強要される。そんな生活に嫌気がさした駿は母親から離れ、誰も知り合いがいない沖縄に流れ着く。

那覇国際通りから一歩入った猥雑な商店街・水上店舗通り。かつて湿地帯だったガーブ川を丸ごとコンクリートで覆い、暗渠となったガーブ川の上にひしめく闇市の成れの果て。行く宛のない駿は通りに店を構える古参の鶴子オバアに拾われ、彼女の店舗の上で住み込みの従業員として働くことになる。そこには日がな一日釣りをしている中年フリーターの健さんが暮らしており、彼と意気投合を果たした駿はやがて鶴子オバアの店を譲り受け、水上ラーメンの店主となる。

無事にオープンを果たした水上ラーメンであったが、その第1号の客がオープン翌日に水死体として発見される。その客はどうやら詐欺師であることを会話から察した駿。その話を聞いた健がその水難事故が殺人ではないか、と独自に捜査を開始するもその裏には米軍やCIA、ベトナムの二重スパイ、琉球王など沖縄の暗部が蠢いており、その捜査の最中、第二、第三の水死体が浮かぶのであった…。

まず舞台となる水上店舗通りとガーブ川の存在感が面白い。水上店舗通りには戦後、米軍占領下で住む場所を奪われた人々がガーブ川の上に不法に闇市を形成するも、度重なる水害によって死者が溢れ、また元の地主と店舗の組合の争いが激化し、その収集をつけるために米軍が介入して現在の形となったというバックストーリーがある。その成り立ちには物語で登場するような深い陰謀があったかもしれない。見知らぬ土地ではあるが現地に縁がある作者の確かな描写によって行ってきたかのような没入感が味わえる。

そして、その水上店舗通りがユニークな主人公の造形と深く関わってストーリーを進めていくのが面白い。豪雨の最中、マンホールに流された兄の死に際と避難所でたまたま観たモンゴルのストリートチルドレンがマンホールで肩を寄せ合う姿が重なり合い、マンホールを見るとその情景がフラッシュバックし癲癇を引き起こすマンホール恐怖症になったという。しかし、水上店舗通りは川の上に建っており、その下には濁流が流れている。駿の暮らす店舗の裏にも米軍が敷設した謎の巨大マンホールがあり、彼の内心も穏やかではない。しかし、事件の核心はその暗渠の中にこそあり、不審死の謎も暗渠に秘められている。歴史的な謎も、トリックとしての謎も暗渠の中にしかないのだ。彼は己のトラウマと向き合いながら文字通り暗渠の中へと踏み出していく。その様子は冒険小説のようである。

正直、ガーブ川の独特な構造や沖縄の水脈事情を核にしたトリックはイメージが湧きづらく飲み込むのに苦心した。また文章もキャラ造形も習熟しているとはとても言い難く、かなり損をしている。良くも悪くも新人作家らしい熱意先行の作品と言わざるを得ない。しかし、限りなくユニークな力作であることは間違いない。水という人間にとって最も身近なものの恐ろしさを改めて見せつけられる。ごちゃごちゃとした沖縄のディティールも素敵だ(コーヒーのサイフォンで作るという水上ラーメンはぜひ一度食べてみたい)。そういう意味で作者の今後に期待したい。沖縄、また行きたいなあ。

 

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書影。作者の名前が目を惹く。私よりひとつ下の京大生らしい。すごいなあ。

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沖縄が舞台の矢作俊彦と司城士朗の犯罪小説・「犬なら普通のこと」。まだ積んだままだから読まないといけない。

 

今年のガツンと来た10冊

今年もいよいよ終わりである。

振り返れば辛いことだらけだったけど、楽しいこともたくさんあった。

その中に、このブログを始めたこと、そしてこのブログによって作者の方や翻訳者の方から温かい言葉を頂けたことがある。

これは本当に嬉しかったなあ。

ありがとうの気持ちを込めて、私も今年の読書録とその中でも特にお気に入りの10冊なんか振り返ってみようと思う。

まずは今年一年で読んだ本を列挙する。

 

屍人荘の殺人 今村昌弘

樽 F・W・クロフツ

サマー・アポカリプス 笠井潔

ニューヨーク1954  デイヴィッド・C・テイラー

うまや怪談 神田紅梅亭寄席物帳 愛川晶

三題噺 示現流幽霊 神田紅梅亭寄席物帳 愛川晶

幽霊塔 江戸川乱歩&宮崎駿

私が殺した少女 原尞

怪盗不思議紳士 我孫子武丸

そして夜は蘇る 原尞

明智小五郎事件簿Ⅰ 江戸川乱歩

真実の10メートル手前 米澤穂信

ピアノ・ソナタ S.J.ローザン

明智小五郎事件簿Ⅱ 江戸川乱歩

山魔の如き嗤うもの 三津田信三

エジプト十字架の謎 エラリー・クイーン

奇術探偵 曾我佳城全集 秘の巻 泡坂妻夫

飛蝗の農場 ジェレミー・ドロンフィールド

『アリス・ミラー城』殺人事件 北山猛邦

月光亭事件 太田忠司

『クロック城』殺人事件 北山猛邦

ガラスの街 ポール・オースター

シャーロック・ホームズ 絹の家 アンソニーホロヴィッツ

縞模様の霊柩車 ロス・マクドナルド

その可能性はすでに考えた 井上真偽

べにはこべ バロネス・オルツィ

二都物語 チャールズ・ディケンズ

合邦の密室 稲葉白菟

探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝

吸血の家 二階堂黎人

ミステリー・アリーナ 深水黎一郎

フィルム・ノワール/黒色影片 矢作俊彦

IQ ジョー・イデ

幽霊男 横溝正史

女王蜂 横溝正史

殺人論 小酒井不木

動く標的 ロス・マクドナルド

きみといたい、朽ち果てるまで 坊木椎哉

エラリー・クイーンの冒険 エラリー・クイーン

名探偵の証明 市川哲也

コードネーム・ヴェリティ エリザベス・ウェイン

元年春之祭 陸秋槎

アックスマンのジャズ レイ・セレスティン

夜を希う マイクル・コリータ

第四の扉 ポール・アルテ

王とサーカス 米澤穂信

キッド・ピストルズの冒瀆 パンク=マザーグースの事件簿 山口雅也

そして五人がいなくなる はやみねかおる

帝都探偵大戦 芦辺拓

ウィチャリー家の女 ロス・マクドナルド

埠頭三角暗闇市場 椎名誠

探偵は教室にいない 川澄浩平

体育館の殺人 青崎有吾

水族館の殺人 青崎有吾

風ヶ丘五十円玉祭りの謎 青崎有吾

鉤爪の収穫 エリック・ガルシア

首無館の殺人 月原渉

奇譚蒐集録~弔い少女の鎮魂歌~ 清水朔

図書館の殺人 青崎有吾

聖アウスラ修道院の惨劇 二階堂黎人

江戸川乱歩作品集Ⅲ 江戸川乱歩

暁の死線 ウィリアム・アイリッシュ

 

その中で面白かった10冊を選ぼうと思います。

 

私が殺した少女 原尞

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矢作俊彦馳星周と続いて和製ハードボイルドの魅力に改めて憑かれた1冊。沢崎がかっこいいんだあ。

 

『アリス・ミラー城』殺人事件 北山猛邦

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今年いちばん「騙された!!!」と気持ちよく唸らされた。物理の北山の二つ名に収まらない飛躍の1冊。

 

二都物語 チャールズ・ディケンズ

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恋愛、革命、法廷、暗殺、ミステリー…ありとあらゆるエンターテイメントを内包した傑作長編。久しぶりに泣きながら読んだ。来年は古典の大長編にも挑戦したい。

 

ピアノ・ソナタ S・J・ローザン

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主人公交代形式というシリーズものの強みを活かしたアメリカン私立探偵小説。傷ついた中年探偵の事件の後始末が粋。

 

コードネーム・ヴェリティ エリザベス・ウェイン

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大戦中、運命に翻弄されるふたりの女性の自由への闘争の物語。今年いちばんロマンチックな大作だった。私たち、すばらしい仲間よ。

 

元年春之祭 陸秋槎

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13・67に続く華文本格ミステリの黒船。紀元前の古代中国を舞台に描かれる少女たちの葛藤と驚天動地、未知のホワイダニットの衝撃に恍惚。

 

王とサーカス 米澤穂信

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実在のネパール王族殺人事件とフィクションの殺人事件を巧みに融合させた作者の最高傑作。登場人物たちの声にならない怒りと悲しみが身を切るようだった。いつかネパールに行ってみたい。

 

探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝

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表紙にいい意味で騙された。犯罪を推理する探偵AIの相以ちゃんのAI特有の弱点と可愛さを共存させ、さらにAIのリアル・ディープラーニングによる成長と本格ミステリを両立している快作。読感は気楽ながら中身に唸らされる。

 

合邦の密室 稲葉白菟

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あやつり左近以来の文楽×ミステリ、という作品ながら、より深く文楽の世界へ踏み込んだ描写と謎に満ちた悲劇を秘めた事件、そして温かい読後感が素晴らしかった。デビュー作とは思えない力作に作者の今後の活躍が楽しみで仕方ない。

 

探偵は教室にいない 川澄浩平

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屍人荘と同じくデビュー作にして鮎川哲也賞大賞という末恐ろしい1冊。登場人物の中学生の描写が抑えめながら確立しており、青春ミステリとして自分の中で不動の地位を得た。続編がありそうなので今から楽しみにしている。

 

体育館の殺人 青崎有吾

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自分と同じ年に生まれた作者のデビュー作ということでしこたま打ちのめされたが、それ以上に学校という空間で起こる殺人事件の面白さとたったひとつの証拠から次々に解明されていく真相の連続に度肝を抜かれた。平成のエラリー・クイーンの名をほしいままにする作者の間違いのない傑作。

 

10冊には選ばなかったものの楽しい本とたくさん出会えた。というか楽しくなかった本なんてほとんどなかった。

来年も食わず嫌いをせずに新しい方面への開拓をしつつ、今年出会えた本とのつながりも大切にしていきたい。

また、全然趣味の違う人のオススメなんかも聞いてみたい。それもきっと楽しい。

月並みですが、今年は以上です。ありがとうございます。来年もよろしく。

 

「暁の死線」ウィリアム・アイリッシュ


その男は彼女にとって一枚の桃色をしたダンスの切符でしかなかった。それも、二つにちぎった使用済みの半券。一枚十セントのなかから彼女の手にはいるニセント半の歩合。一晩じゅう、床の上いっぱいに、彼女の足をぐいぐい押しつづける一対の足。

 

物語はこのような書き出しで始まる。
ニューヨークの場末のダンスホールで男相手に踊るダンサーのブリッキーは故郷に背を向けて足を踏み入れた大都会に抱いた憧れと夢に敗れ、諦めと絶望の底から抜け出せずにいた。ホールの窓越しに見えるパラマウントの時計塔を友に、日々遅々と過ぎ行く時間をやり過ごしていた彼女の目の前にひとりの男が現れる。心ここに在らずの様子で大量に購入したダンスの切符を持て余した男はブリッキーと踊り、暴漢に襲われそうになった彼女を救い出す。当初は先述の通り、数多の男の中のひとりでしかなかった彼を成り行きで家に上げることになったブリッキーは男が彼女の故郷の生家の裏に住む青年・クインであることが分かると意気投合を果たす。ブリッキーと同様に大都会に夢敗れた彼を前にして、これを故郷へと戻る千載一遇の機会と感じた彼女はクインにその計画を持ちかけるが、クインは彼女と出会う前にとある屋敷で盗みを働いたことを告白する。

このままでは彼は捕まってしまう。そして、故郷へ行くバスは4時間後に行ってしまう。ブリッキーはバスの出発までに屋敷で盗んだ金を戻し、そのまま自分とニューヨークを離れるよう彼を説得する。説得に応じた彼と屋敷へとやってきた彼女であったが、屋敷ではひとりの男が殺されていた。ブリッキーとクインは状況証拠から現場にはふたりの男女がいたことを見出し、クインの容疑を晴らしてニューヨークから逃れるために殺人犯を捜すために夜の大都会へと踏み出すのだった…。

本作では各章の頭に時計のイラストが挿入されていて、そこに刻まれた時刻が物語とともに推移していく形式を取っている。まず、主人公のひとりであるブリッキーがいかに自身の境遇に腐っているかが描かれいる。ブリッキーは都会が魔物のごとく狡猾に足を引っ張り、自身の運命を弄んでいると思い込んで、都会に自身の破滅という褒美を与えないように必死に抗っている。その絶望感とブリッキーの擦れ具合と言ったら凄まじいものがある。そこからもうひとりの主人公クインと出会うことによってその現状を打破できると感じた彼女のロマンチックなまでの心境の変化にはさらに心が踊る。

しかし、意を決して薄汚いアパートから踏み出したふたりを待っていたのはさらに残酷な運命であった。殺された男を前にまたもや絶望する彼らであったが、都会にこのまま破滅させられることから抗うことを決めた彼らは素人ながらにいくつもの証拠を必死に見出し、それぞれ犯人を追っていく。数々の徒労に時間を浪費しながら、やがて犯人へと肉薄していく様が刻々と目減りしていく残り時間と相まって格別なスリル感を与えてくれる。

表紙に描かれた時計に刻まれた時刻は午前6時15分。その時間に彼らが見た景色はどのようなものだったのだろうか。抜群の心情描写とスリル感がほんとに素晴らしい傑作だった。おススメです!

 

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書影。ラストまで読むとこの時計が違うものに見えてくる。

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ブリッキーの心の友、パラマウント・ビルの時計。またニューヨークで見てみたいものが増えた。

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作者のもうひとつの代表作。ひとりの男の死刑執行のタイムリミットまでに女を探し出す物語。

 

 

「江戸川乱歩作品集Ⅲ」江戸川乱歩


私が江戸川乱歩の面白さにハマったのは今年のことであったが、そのほとんどが明智小五郎を主人公とした探偵小説ばかりであった。そこで今回は少し毛色が違う作品を求めてみた。すなわち、乱歩のエロ・グロ・ナンセンスが散りばめられた変格(推理)小説の部分である。

以下、収録作品についての感想。

 


・百面相役者

語り手の僕が友人に連れられて芝居小屋を訪れた際に目にした百面相役者の変装術は人面の皺までも変幻自在に操るまさに百面相と呼ぶにふさわしい見世物であった。しかし、芝居がはねた後に友人から聞かされた話は芝居以上に奇異なもので…。

ラストの着地が曖昧でその解釈がいくつか想定できる。二十面相に繋がる変装術の話。

 


・毒草

友人と丘で語らっていると、主人公はとある草を見つける。それは堕胎に用いられる毒草であった。半ば面白おかしくその毒草の効能と産児制限論について語っているとその話にじっと聞き耳を立てる女の姿があって…。

明治時代の下級労働者の実情と犯罪としての堕胎の恐ろしさを描いた話。

 


・パノラマ島奇談

ユートピアの夢想に憑かれ、定職を持ずに人生を無為に過ごしていた貧乏書生の人見広介は大学時代の級友でM県随一の富豪の菰田家当主の源三郎の訃報を知る。広介と源三郎は他人でありながら双子のように瓜二つの容姿をしており、広介は自身を抹殺し、源三郎が墓から生き返ったかのように見せかけて源三郎に成り代ることを思いつく。周到な計画と行動力によって入れ替わりに成功した広介は菰田家の資産を使って自身のユートピア、パノラマ島を創り上げていくが、やがて源三郎の妻の千代子に自身の秘密を知られたことに気づき、千代子を殺すことを決めるが…。

横溝正史が本格的に作家となる以前、江戸川乱歩のもとで新青年などの雑誌の編集をしていたが、本作も横溝が編集を務めた。一つの島に様々な世界を切り取り、詰め込んだパノラマ島の描写は素晴らしく饒舌で、華美でありながら不気味で空恐ろしい。ユートピアの王となった広介が破滅していく様とラストが壮絶。収録作の中で一番好きだった。

 


・芋虫

戦争で両手両足と失い、話すことも聞くこともできない廢兵となった須永中尉はかつての上官の屋敷の離れで獣じみた生活を送っていた。須永の妻・時子は夫の介護に勤しむ貞淑な妻を装いながら芋虫のような動きをする不気味な肉塊となった夫を玩具として歪んだ情慾を向けていた。ある日、時子は夫の目に浮かんだ道徳的な苦悶に激昂し、その目を潰してしまう…。

とにかく陰気でグロテスクな話である。パノラマ島とは真逆の境遇から来る退廃性がある。勲章を軽んじた描写のため、戦中は発禁処分を受けた問題作。パノラマ島に次いで好き。

 


・偉大なる夢

第二次世界大戦下、五十嵐博士は音速を超え、光速に迫る日本とアメリカを5時間で飛ぶエンジンを備えた飛行機の構想を得る。成功すれば戦局を覆し、国家に勝利をもたらすことのできる世紀の大発明だ。陸軍省を巻き込んで息子の新一とともにその飛行機の開発に取り組む五十嵐博士であったが、その周囲をアメリカの間諜が暗躍し、やがて博士は息子の目の前で襲撃され、設計図を奪われてしまう。憲兵隊司令の望月少佐が警護の任務に就くも、新一は間諜に拉致され、博士が再び襲撃されてしまう…。

戦中は探偵小説の暗黒時代であり、多くの作家がその創作活動を封じられてしまっていた不遇の時代であったが、そんな中で乱歩は当局からの依頼で国威発揚のためにこの作品を書いた。そんな背景があるからか随所に国家礼賛的な内容を含んでいるのであるが、それを差し引いても本作は本格探偵小説としてきちんと成立している。またアメリカ側から日本を評する役としてルーズヴェルト大統領などが登場するが、この人物描写も戦中の敵国憎し一辺倒で書かれたものとは少し違うように感じ、乱歩の国のご機嫌を窺いながらも自分の書きたいものを書いた、というバランス感覚が窺える。ラストの悲哀を含みながらも一気呵成につき進む展開が好みだった。

 


防空壕

市川清一は人間の中に潜む死と破滅に惹かれる美的官能に触れながら、戦中の東京で空襲のあったとある夜のことを回想する。清一が命からがら火の手を掻い潜り、とある金持ちの屋敷の防空壕に逃げ込むとそこにはひとりの女がいた。女の美しさに動かし難い情慾を抱いた清一は女と衝動的に交わってしまう。翌朝、目を覚ますと女は姿を消していた。その女の魅力に憑かれた清一はその後も方々、女を捜し求めるが、女の行方は杳として知れない。その防空壕の反対側に隠れていた老婆を見つけ出すも、清一と女のことは覚えていなかった。その後、老婆の回想が始まる。

戦後10年ほどして書かれた短編。偉大なる夢の後に読むと、裏でこんなこと考えてたんかい、みたいな乾いた笑いが浮かぶ。帝都探偵大戦で抜粋された部分からもっと暗い話かと思っていたら意外とユーモアのある話だった。

 


・指

通り魔に右手首を切られたピアニストの話。

世にも奇妙な物語っぽい話。というか、ピアニストの手がなくなる話といえばトカゲのしっぽって話、あったよね。あれを思い出した。

 


読んでいて改めて感じたのは乱歩の描写の饒舌さである。とにかく情報が詰まっていて、その多弁さは特に悪党のアジトと人外じみた醜悪な人物描写において光る。

薄汚い時代の明智さんが好きな私としては楽しい作品ばかりだった。もっと色々読んでみたいなあ、と思いました。

 

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書影。岩波文庫の本、久しぶりに読んだなあ。

 

 

「聖アウスラ修道院の惨劇」二階堂黎人


優れた建造物は優れた物語を産み出す。それも時に優れたキャラクターよりも雄弁に物語を語る、と私は思う。ルブランの奇岩城も、カーの髑髏城も、乱歩の幽霊塔も、宮崎駿カリオストロの城綾辻行人の館たちも、あれらの建造物なくしてその物語は輝かない。そして、この物語に登場する聖アウスラ修道院もそれらに引けを取らない類稀なる優れた建造物である。そして、優れた建造物はその内側に読者を惹きつけて離さない優れた謎を隠し持っているのだ。

長野県、野尻湖畔にある聖アウスラ修道院カトリックの聖人によって創立され、その地下迷宮に膨大なキリスト教の文書を秘蔵しているとされる閉ざされた修道院にて、尼僧の塔の最上部の黒い部屋からひとりの女生徒が墜落死した。室内は密室となっており、自殺かとも思われたが女生徒の体には何者かに襲われたかのような無数の刺し傷があった。また近隣の村では枝垂れ桜に高名な老司教が首を切断された裸の死体が逆さに吊り下げ晒される酸鼻極まる殺人事件も発生していた。

大学生の二階堂蘭子と黎人の兄妹は修道院の現院長から院内で起きた事件の真相の解明を依頼され、修道院へと赴く。女生徒の死と老司教の死に関連を疑う蘭子は、その他に修道院で起こった不審死と女生徒が遺した暗号について調査する内にこれがヨハネ黙示録に見立てられた連続殺人であることに気づく。しかし、蘭子たちの捜査を嘲笑うかのように修道院で第二の密室殺人が起こり…。

警視正の父を持つ美貌の女子大生探偵・二階堂蘭子とその兄にしてワトソン役の黎人を主人公に、曲者揃いの修道院のシスターたちや、渋い長野県警の警察官たち、さらに犬神家っぽい豪商や八つ墓村みたいな老尼(本作では三人セットで出てくる)と魅力的なキャラクターに溢れた作品であるが、やはり本作の花形は舞台となる聖アウスラ修道院で間違いがない。

キリスト教の意匠を細部まで行き渡らせた荘厳でありながら不気味な造り、そして随所に隠されたギミックの数々。そして地下迷宮!思い出さずにいられないのが作中でも思いっきりオマージュされているカーの髑髏城、そして乱歩の幽霊塔とそれに深く影響を受けたルパン三世カリオストロの城だ。

舞台がよく作り込まれているので聖書を下敷きにした謎めいた暗号がよく映える。そして一歩間違えば「んんん?」となってしまいそうな大掛かりな仕掛けにも違和感で引っかかってしまって減速するようなこともなく物語をレールの上でフルスピードで滑走させている。これは作者が非常に丁寧にこの建造物に謎のヴェールを施したからに他ならない。

密室、見立て、暗号、宗教、歴史、隠し通路、財宝ととにかくマシマシに盛り込まれたミステリーをその内部に溜め込んだ魅惑の建造物。読み応え抜群の快作だった。おススメです。

 

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書影。講談社文庫って特に黄色い背表紙にワクワクするよね。しない?

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何回目かの登場の髑髏城。作中でも言及されているしまんまなシーンが登場する。

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大デュマのモンテ・クリスト伯。蘭子が修道院を伯爵が幽閉されていたシャトー・ディフと準える。

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元祖アルセーヌ・ルパンの奇岩城。作中では他の作品に言及あり。

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孫のルパン三世カリオストロの城。あの城の追いかけっこやラストにワクワクした人なら本作も楽しめるはず。

 

 

「首無館の殺人」月原渉


とある屋敷の一室でひとりの女が目を覚ます。ぼんやりとする頭で周囲にいる人間を見回すも、どの顔にも見覚えがない。女は記憶喪失になっていた。女は自分の名が宇江神華煉ということ、ここが横浜の祠乃沢という地にある斜陽の貿易商・宇江神家の館であるということ、自分がその家の一人娘であること、体が弱く、階段から落ちた際に記憶を失ったことを教えられる。

自己の実感もないままに閉ざされた館で生活をする華煉のもとに縁戚の家からひとりの使用人が世話役として寄越される。日本人離れした美貌と洋装に身を包んだ彼女の名はシズカ。穏やかだがどこか不可解な気配のある宇江神の家でシズカとともに生活を送る華煉だったが、やがて屋敷の女主人が無惨にも首を切られて死んでいる姿で発見される。死体の入れ替わりが疑われる中、誰も入ることが許されない中庭において浮遊する女主人の首が目撃される。奇しくも首無館と呼ばれる屋敷で首斬り殺人は続き…。

首斬り殺人といえば殺人事件の花形である。首斬り殺人は顔のない殺人の代表格(他には死体の顔を潰したり、焼いたりとか)で首斬り殺人が起これば入れ替わりを疑え、なんて言われるくらいお約束な展開だが、ミステリの歴史の中で首斬りが行われるホワイダニットについては手を替え品を替えあらゆる作家が挑戦してきており、そのパターンは千差万別だ。一作家一斬首といってもいいくらい、あるいは一斬首なんて言い切れないくらい首斬り殺人が書かれているかもしれない。先行の作品で面白かったのはクイーンのエジプト十字架の謎、笠井潔のバイバイ、エンジェル、三津田信三の首無の如き祟るもの、北山猛邦の『クロック城』殺人事件、西尾維新クビキリサイクルなどがパッと思いつく。

とにかく斬首死体が溢れて渋滞しているミステリワールドであるから、もはや斬首死体は読者サービスみたいになっちゃってる感もある。連続殺人の1パーツとして扱われていたりして、「はいはい入れ替わりね!俺は詳しいんだ」みたいな読者の目は厳しい。そんな中で本書は首斬り殺人に真正面から取り組んでいる。首斬り殺人講義のようにどうして死体の首は斬られなくてはならなかったのか、入れ替わりの条件とは、という問題に視点はクローズアップされていて、その殺人事件全体を貫く大きなホワイダニットはこれまで読んだ作品とは毛色が異なり、事件の後日談に独特の趣を加えている。

探偵役の女使用人シズカの造形も面白かった。「犯人が首を斬る死体の顔に拘ってるなら生き残った全員の顔の皮を剥いじゃえばいいんですよ」みたいなことを理路整然と言い出すのはクールだがブラックなユーモアがある。

個々の事件のパンチが弱い(せっかくの好立地の屋敷がもう少し本筋に絡んでいればよかった)のと全体のボリューム感のなさから来る物足りなさはある気はするが、事件の裏側に潜んでいた一族の秘密が明らかになったときの驚きと事件の後日談の穏やかさは個人的に好物だった。

 

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書影。使用人探偵シズカのシリーズ2作目にあたるらしい。そちらは見立て殺人がメインらしい。

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笠井潔の矢吹駆シリーズの1作目であるバイバイ、エンジェル。なぜ首を斬ったのか、のホワイダニットが秀逸。

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北山猛邦の『クロック城』殺人事件。首はどうやって移動したのか。私の感想は過去記事参照。

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西尾維新クビキリサイクル。斬首死体の使い方が面白い。