「楽園とは探偵の不在なり」斜線堂有紀


5年前のある日を境に天使と呼ばれるようになった不気味な存在が出現した世界。天使はたったひとつのルールで人間たちの世界を縛ってしまった。

「2人以上の人間を殺した人間は天使によって地獄に堕とされる」

新しいルールによって戦争や大規模な犯罪が瞬く間に収束していき、人間たちの世界はよくなるかと思いきや、「1人までなら人を殺してもよい」「どうせ人を殺して地獄に堕ちるなら一度で大量の人間を殺した方がよい」と新世界に残された人間たちの意識は少しずつ歪に変容していった。

探偵事務所を開業しているものの過去の事件の陰惨な記憶から半ば隠遁生活を送っていた探偵の青岸焦(あおぎしこがれ)は、大富豪の常木王凱に「天国が存在するか知りたくないか」と持ちかけられ、彼が所有する離島・常世島を訪れる。そこは世界でも類を見ないほど天使が集まる不可思議な島であった。天使狂いの常木によって集められた人間たちの中に不穏な空気が流れる中、やがて殺人事件が発生する。それは天使のルールに縛られた世界では考えられないほどの拡がりを見せていき…。

特殊設定×クローズドサークル×館モノという惹句にひかれて、まんまと一目惚れしてしまった本作。作者の斜線堂有紀はツイッターで度々見かけていたが、読んだのは本作が初めてであった。これがめちゃくちゃ面白かった!

まず本作最大のフックである「人を2人以上殺したらその犯人も死ぬ」という特殊設定。本作では孤島というクローズドサークルが登場する作品の性として、連続殺人が起こる。普通の孤島であれば、「初期に死んだと思われた人間が実は生きていて、容疑の輪の外側から自由に殺人を犯しているのではないか」というところへ思考が及ぶ。しかし、この特殊なルールの中ではそうは問屋が卸さない。犯人は容疑の輪から逃れる以上に自分の死から逃れないといけないからだ。これがありきたりなクローズドサークルを斬新なものにしている。

また、この特殊設定を成立させている天使の存在がユニークで面白い。顔はなく爬虫類のような翼を持つ醜悪な見た目をしながら、それを目の当たりにした人間誰しもが天使だと口を揃えるという奇妙な造形。突拍子もない設定であるが、その作り込みは非常に丁寧で、物語の序盤から天使の生態と彼らによって変容させられてしまった世界観の説明が間断なく行われ、読者はそこでこの世界にのめり込んでしまう。特に天使の登場によって変わってしまった人々の価値観と起きた事件の内容がかなりエグいが納得させられてしまう嫌みがあった。「2人殺してアウトならもっと一気にやってしまったほうがいい」とか考える人間、結構いるんだろうな…。

そして、その世界観に深みを与えているのが主人公の探偵・青岸だ。青岸は「パイプ一本から人間のなにがしがわかってたまるか」と言い放つような名探偵には程遠い男であったが、天使が現れるまでは事務所の仲間たちと破竹の活躍で名探偵に肉薄していたような男。しかし、天使の登場とともに社会的に探偵は不要な存在となり、そんな最中に起こったとある事件から仲間を失ってしまう。彼はそのトラウマから世間や天使から遠ざかっていたが、天使だらけの島と殺人事件によって天国の存在と探偵の存在意義、そして正義について向き合わざるを得なくなっていく。天才でもなければタフにもなりきれない傷ついた探偵だが、彼が導いたラストの光景はとても美しい。

特殊設定ミステリであるが、登場するトリックや世界観は非常に堅実で、館の上面図をニヤニヤしながら眺めちゃう館モノが大好きな人間にも受け入れられると思う。今まで読んだ中でかなり印象深い特殊なミステリで、なおかつ取っつきやすい内容なので普段あまりミステリを読まない人にもオススメしたい。最高でした!

 

f:id:gesumori:20200828192226j:image

f:id:gesumori:20200828192246j:image

書影と作者のサイン。天使の造形が掴みやすい表紙のイラストでいいです。サイン本ってお値段変わらないのにこんなにプレミア感でるのすごいですよね。

f:id:gesumori:20200828192646j:image

青崎勇吾先生が本作に似た雰囲気があると言及していたベン・ウィンタースの地上最後の刑事。隕石の衝突で世界滅亡が決まっている世界で刑事が犯罪を追う意味を探る展開が、天使によって連続殺人者が裁かれる世界で犯罪を追う探偵の意義を考える青岸に通底している。

f:id:gesumori:20200828192655j:image

もうひとつ言及されていた北山猛邦作品。特にアリス・ミラー城は孤島に個性豊かな面子が集められるところがよく似ている。終末観も漂ってる。

f:id:gesumori:20200828193204j:image

各分野の天才が集められた孤島で連続殺人が起こる西尾維新クビキリサイクルも雰囲気が似てる。どっちにも砕けた天才料理人でてくるし。

f:id:gesumori:20200828193705j:image

f:id:gesumori:20200828193818j:image

現在はダメになっちゃったけどかつて黄金時代があった事務所みたいなエピソードに弱いんですよね…され竜のジオルグ咒式事務所とかレンタルマギカの先代のアストラルとか。