「冬雷」遠田潤子

 

うんざりするくらい長々しいこの自粛期間が明けたものの、思い返せば時間があった割にあまり本を読んでいなかった。張り切って買ったハードカバーが大外れだったり、何冊かの短編集をちまちま浮気しながら読んでみたりとあまり心動かされるような一冊が手元にやってこない。いよいよお家時間のやりくりに破綻し、一ヶ月ぶりに訪れた書店で鮮やかな表紙に惹かれて本作を手に取ってみた。これがめちゃくちゃ大正解であった。

鷹匠の青年・夏目代助の前にある日、かつて自分をストーキングしていた末に自殺した三森愛美の兄・龍が現れる。龍はかつて代助を妹の仇とばかりに闇討ちし、病院送りにした男であった。「面白いことになった」と不吉な言葉を残した龍と入れ替わりに現れた警察は代助に12年前に行方不明になった彼の義弟・翔一郎が死体で見つかったことを知らせた。

代助は赤ん坊のときに親に捨てられて児童養護施設で育った孤児であったが、ある日跡取りを探しに施設を訪れた千田雄一郎に気に入られ、千田家の養子となった。千田家は魚ノ宮町という港町で製塩業を営む郷士であり、冬雷閣と呼ばれる豪邸に暮らしていた。

魚ノ宮町には大祭と呼ばれる行事があり、千田家とその親戚筋にあたる鷹櫛神社の加賀美家には大きな役割が課せられていた。冬雷閣の鷹匠が鷹を放ち、鷹櫛神社の巫女が舞を奉納する。そうすることでかつてこの町を祟った怪魚を鎮めることができるーーそう信じられて両家は特別扱いされてきた。

代助はその鷹匠になるべく、雄一郎によって教育を受けることとなる。その指導は厳格を通り越して冷酷ですらあったが、初めて得た家族の存在と同じく祭の巫女となることを定められた少女・真琴と心を通わせることで代助は心を満たしていく。しかし、その平穏な日々も雄一郎夫妻に授かった新たな命と愛美の存在によって崩れていく。

葬儀のために因縁の町に12年ぶりに戻った代助であったが、町の人間や冬雷閣の人間からは厳しい目を向けられる。しかし、彼は事件の真相を解き明かすために龍とともに事件を調査していく…。

まず、とにかく冒頭からこれまでの人生でロクなことが起きてこなかったであろうことが透けて見える不幸体質主人公・代助であるが、とにかく彼が散々な目に遭う。いったん冒頭で明らかになった事件の詳細をうっちゃって大幅に紙幅を割かれる彼の半生は波乱万丈だ。ただ彼が酷い仕打ちを受けるだけでなく、彼が新しい家族に認められるようになるべく誠実に努力する様や、健気で浮世離れした少女・真琴との初恋を丁寧に追体験していく。これが彼の人生の転落にこれでもかと効いてくる。正直エグい。

そして、彼の人生を陰惨にしてみせている魚ノ宮という町の存在感も見事だ。冬雷閣と鷹櫛神社という祭祀に関わる特権階級と町の人間の偏見、差別からくる隔絶。町の繁栄のために全てを捧げることを余儀なくされた代助と真琴の2人はお互いの気持ちに気づきながらも因習に縛られ、その気持ちに封をして己の業を磨くしかない。ピュアな2人を取り囲む人間たちの陰湿な感情が冬の港町によく映える。

 

ーー知ってる?冬の雷って地面から生えるの。面白いでしょ?

 

桜の花びらの落ちる速度に胸ときめかしたあの日の自分に聞かせてやりたい台詞だと思う。

爽やかなボーイ・ミーツ・ガールに冷や水を浴びせかけるようなよく練られた起伏のある展開にハラハラしながらページを捲る手が止まらない。横溝の岡山ものを代表とするような日本の推理小説が大きく築き上げてきた地方の因習や家族の情念が引き起こす作品として申し分なく、とても面白かった。第一回未来屋書店大賞も受賞した佳作でもある。はじめまして作者さんだったので別の作品も読んでみようと思った。オススメです!

 

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書影。シンプルなタイトルを引き立てる雄弁ないいイラストだと思う。

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少しロケーションの雰囲気が似てるなと思ったアン・クリーブスのシェトランド四重奏シリーズの青雷の光る秋。系統は結構違うけどこちらも面白い。