「紅蓮館の殺人」阿津川辰海


高校の同級生であり、探偵と助手の関係性にある葛城と田所は学校の勉強合宿の会場近くのとある屋敷を目指して宿を抜け出した。そこは彼らの憧れの推理小説の巨匠である財田雄山の別荘、通称・落日館であった。しかし、館を目指す登山中、落雷により山火事が発生。退路を断たれた彼らは命からがらほかの登山客とともに落日館へと避難する。

屋敷には老衰により意識不明となった雄山の他に彼の家族と近所の住人や保険調査員が避難してきていた。推理作家の別荘というだけあって随所に隠されたさまざまな仕掛けや稀覯本に惹かれる葛城たちであったが、炎は確実に彼らの館に近づきつつある。そんな最中、雄山の孫娘であるつばさが館に仕掛けられた吊り天井によって圧死しているのが見つかる。殺人か事故か判然としない中、探偵として真相を明らかにするべきだと主張する葛城であったが、ほかのメンバーは生き残るために屋敷の外へ通じる隠し通路を探すべきだと主張し、対立する…。

山火事によって陸の孤島となったクローズドサークルといえばクイーンのシャム双子の謎が先行してあるのだが残念ながら未読だ。そちらも結構火に追い詰められる展開みたいだし、比較してみたい(ですので創元さん、新訳早めにお願いします)。もうひとつ、とあるものによって閉鎖空間での事件にタイムリミットが設けられているという点では屍人荘を思い出した。

探偵の葛城は嘘言アレルギーとでも言うような他人の嘘を看破し、指摘せずにはいられないような危うい性分の持ち主で、目の前の事件を事故として片付けてようとする大人たちと激しく対立する。生存か真相の究明かが秤にかけられる中で探偵という存在の限定的な力についても悩まされることとある。そこがスリリングであった。

さらに良かった点として館に仕掛けられた罠ともいえる仕掛けの事件への活かし方である。ともすればこういう仕掛けが前面に押し出された館ものでは無理矢理だったりショボかったりしてガックリとくるような仕掛けがよく出てくる。それはもうよく出てくる。しかも、それだけで一冊を突っ走ろうとしたりする。だが本作の仕掛けは無理筋でもなければよく練られており、それでいてあくまで作品の一要素として作品に華を添えるような慎ましさがある。それが好ましかったし、後に明らかにされる他の謎たちも十分に魅力的であった。

惜しまれるとしては主人公たちの葛藤などを描きたいために炎に包まれる館が少しおざなりにされてしまったというか、枝葉が四方に伸びてしまってとっ散らかってしまったように感じてしまったことだ。ただ、江神二郎に憧れる有栖川有栖のように危うさを抱える名探偵とその助手が成長していく様は目が離せない。苦さの残るラストシーンのその先を読んでみたいと思った。

 

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書影。講談社タイガからは新しい館ものがバンバン出ている。

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エラリー・クイーンのシャム双子の謎。クイーン警視が巨大なカニを目撃するらしい。気になる。

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火山の噴火によってキャンプ場に閉じ込められてしまった大学生たちを描く月光ゲーム。

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語るまでもなく屍人荘。そろそろ続きが読みたい。