「首無館の殺人」月原渉


とある屋敷の一室でひとりの女が目を覚ます。ぼんやりとする頭で周囲にいる人間を見回すも、どの顔にも見覚えがない。女は記憶喪失になっていた。女は自分の名が宇江神華煉ということ、ここが横浜の祠乃沢という地にある斜陽の貿易商・宇江神家の館であるということ、自分がその家の一人娘であること、体が弱く、階段から落ちた際に記憶を失ったことを教えられる。

自己の実感もないままに閉ざされた館で生活をする華煉のもとに縁戚の家からひとりの使用人が世話役として寄越される。日本人離れした美貌と洋装に身を包んだ彼女の名はシズカ。穏やかだがどこか不可解な気配のある宇江神の家でシズカとともに生活を送る華煉だったが、やがて屋敷の女主人が無惨にも首を切られて死んでいる姿で発見される。死体の入れ替わりが疑われる中、誰も入ることが許されない中庭において浮遊する女主人の首が目撃される。奇しくも首無館と呼ばれる屋敷で首斬り殺人は続き…。

首斬り殺人といえば殺人事件の花形である。首斬り殺人は顔のない殺人の代表格(他には死体の顔を潰したり、焼いたりとか)で首斬り殺人が起これば入れ替わりを疑え、なんて言われるくらいお約束な展開だが、ミステリの歴史の中で首斬りが行われるホワイダニットについては手を替え品を替えあらゆる作家が挑戦してきており、そのパターンは千差万別だ。一作家一斬首といってもいいくらい、あるいは一斬首なんて言い切れないくらい首斬り殺人が書かれているかもしれない。先行の作品で面白かったのはクイーンのエジプト十字架の謎、笠井潔のバイバイ、エンジェル、三津田信三の首無の如き祟るもの、北山猛邦の『クロック城』殺人事件、西尾維新クビキリサイクルなどがパッと思いつく。

とにかく斬首死体が溢れて渋滞しているミステリワールドであるから、もはや斬首死体は読者サービスみたいになっちゃってる感もある。連続殺人の1パーツとして扱われていたりして、「はいはい入れ替わりね!俺は詳しいんだ」みたいな読者の目は厳しい。そんな中で本書は首斬り殺人に真正面から取り組んでいる。首斬り殺人講義のようにどうして死体の首は斬られなくてはならなかったのか、入れ替わりの条件とは、という問題に視点はクローズアップされていて、その殺人事件全体を貫く大きなホワイダニットはこれまで読んだ作品とは毛色が異なり、事件の後日談に独特の趣を加えている。

探偵役の女使用人シズカの造形も面白かった。「犯人が首を斬る死体の顔に拘ってるなら生き残った全員の顔の皮を剥いじゃえばいいんですよ」みたいなことを理路整然と言い出すのはクールだがブラックなユーモアがある。

個々の事件のパンチが弱い(せっかくの好立地の屋敷がもう少し本筋に絡んでいればよかった)のと全体のボリューム感のなさから来る物足りなさはある気はするが、事件の裏側に潜んでいた一族の秘密が明らかになったときの驚きと事件の後日談の穏やかさは個人的に好物だった。

 

f:id:gesumori:20181129184155j:image

書影。使用人探偵シズカのシリーズ2作目にあたるらしい。そちらは見立て殺人がメインらしい。

f:id:gesumori:20181129185435j:image

笠井潔の矢吹駆シリーズの1作目であるバイバイ、エンジェル。なぜ首を斬ったのか、のホワイダニットが秀逸。

f:id:gesumori:20181129185030j:image

北山猛邦の『クロック城』殺人事件。首はどうやって移動したのか。私の感想は過去記事参照。

f:id:gesumori:20181129185411j:image

西尾維新クビキリサイクル。斬首死体の使い方が面白い。