「悪霊の館」二階堂黎人
先日、帰省中に奈良へ出かけた際にたまたま入った古書店が思いの外、推理小説の取り揃えが良く、セールをやっていたのもあって思わず長居してしまった。家も手狭になってきたし、旅先で本を買うのも荷物になっていけないと思いながら毎回ついつい買ってしまう。
なに買ったの?
二階堂黎人の悪霊の館。
ハードカバー?
うん。
何ページあるの?
700ページ。
馬鹿なの?
うん…。
というわけで作者の代表シリーズである探偵・二階堂蘭子シリーズの第4作である本作は原稿用紙1200枚にも及ぶ大長編である。
戦前、医療品の輸入によって財をなし、その後大学病院などを経営することで医療界のみならず財界にも絶大な力を持つようになった志摩沼家。その一族は先代の伝右衛門の下に3人の娘がおり、それぞれが一族の支配権を狙って争い、憎み合っていた。伝右衛門の死後、一族を統率していた奥の院様と呼ばれる伝右衛門の姉である老婆・きぬ代の臨終の際、明かされた彼女の遺言が一族に波紋を起こす。それは、長女の孫の卓也が三女の孫である美幸と結婚しなければ彼女の莫大な遺産を国に遺贈する、というものであった。しかし、卓也は従兄妹の茉莉との結婚を望んでいた。
志摩沼家と昵懇の仲であった二階堂家の家長で警視正の陵介のもとに志摩沼家の顧問弁護士である田辺という青年が現れ、これから彼ら一族に起こる何らかの事件を阻止してほしいと依頼する。しかし、一歩遅く、事件発生の報を聞いた陵介は息子の黎人と義娘の蘭子は父とともに志摩沼家が住まう屋敷、アロー館へと赴く。そこでは卓也の婚約者であった茉莉と思われる女性が密室で死亡していた。彼女の死体は顔の他に手の指も切断されており、さらに五芒星の魔法陣と破られた書籍の山と四体の西洋の甲冑が彼女を守護するかのごとく設置されているという黒魔術的な装飾を施された異様な状態であった。さらに茉莉の双子の姉である沙莉も事件後、屋敷から姿を消していた。殺されたのは双子のどちらなのか。しかし、その凄惨極まる殺人事件も悪霊の館と呼ばれる屋敷に住まう呪われた一族を巡る血塗れの惨劇の第1幕に過ぎなかった…。
作者がカーのような不可能犯罪に魅入られた本格推理小説作家であることは以前の感想で触れたと思うが、今回も魅力的な殺害現場を用意しておきながらその解決は比較的あっさりとしている(それでも鮮やかな解決であるのは間違い無いのだが)。
それよりも今回は作者が愛して止まない日本の呪われた一族が登場するドロドロとした血濡れた悲劇としての作劇の方に重きが置かれている。物語の冒頭に登場する奥の院様の臨終のシーン。横溝正史の犬神家の一族を彷彿とさせる。そして複数登場する双子の存在。これは作者が以前述べていた美貌の姉妹が登場する惨劇的な日本の探偵小説への愛がますます深く発露したものであると同時に読者の推理欲を掻き立てる絶好の対象となっている。
さらに印象的に挿入される魔女の物語。モンテスパン夫人とルイ14世、マリー・アントワネットとルイ16世の伝説、そしてアロー館を建てた後、突如消えてしまったドイツ人夫婦の謎など歴史的な考察などがどのようにこの一族と関連しているのか。殺人事件の他に屋敷に度々現れる亡霊の仕業としか思えない怪奇現象と相まって私の興味と興奮は収まることなく最後まで突き進んでいった。そして、流麗な蘭子の推理で事件が解き明かされた後に待ち受ける論理で語り切ることのできない怪異的で残酷なラストシーン。満足の溜息しかでなかった。
圧倒的なボリュームではあったが、苦痛になることなくグイグイと読み終えることができたし、ラストで蘭子たちがフランス、すなわち作者の代表作であり、ミステリ史上最長の大作として名高い人狼城の恐怖の舞台へと繋がるところに達した。私自身まだシリーズ第1作の地獄の奇術師が未読のままだが、そちらと合わせて早く読んでみたい。楽しかった!
書影。このボリュームで800円だった。最高。
大富豪の遺産を巡る骨肉の争いと言えば横溝正史の犬神家の一族。
ミステリとしてだけでなくホラーとしても名高い三津田信三の刀城言耶シリーズ。本作と通底するものがあるように思う。魔女の如き呪うもの、みたいな?
作中でも言及される高木彬光の刺青殺人事件と比較される名前のみ登場する幻の難事件、甲冑殺人事件。作者はその事件を本作で具現化した。