「虚構推理短編集 岩永琴子の出現」城平京


「やあ、おひいさまを信じて悪いことはありませんよ。どっこい、どっこい」


(「ギロチン三四郎」より抜粋)

 


城平京と言えば漫画原作者としてのイメージが強いかもしれない。私たちの世代で言えばガンガンで連載されていたスパイラル~推理の絆~が夕方にアニメ放映されていたし、もう少し後には同じくガンガンで連載されていた絶園のテンペストが深夜帯で放送されていた。

しかし、城平京は第8回の鮎川哲也賞の最終選考に残った名探偵に薔薇をにて長編推理作家デビューを果たした推理小説家であることを忘れてはならない。そして、本シリーズも2012年にその第1作である虚構推理 鋼人七瀬にて本格ミステリ大賞を獲っている。またスパイラルも本編よりも作者自身の手によるノベライズの方が本格ミステリとして評価の声が高いとする向きもある(早坂吝も言ってた)。

2011年に講談社ノベルスから刊行された虚構推理は当時も話題となったらしいが(読んだのはもう少し後だったが、当時も本屋でよく見かけた)再び脚光を浴びたのは2015年になってからマガジンRで作画・片瀬茶柴によるコミカライズが始まってからだ。そして、鋼人七瀬編が終わってまだコミックオリジナル展開が続いた辺りから期待していたが、この度めでたくアニメ化が決まった。めでたい。

そんなノリに乗っている本シリーズであるが、鋼人七瀬から7年、再び城平京による短編集が発売された。めでたい。

以下、鋼人七瀬のあらすじに軽く触れる。

桜川九郎は従姉が入院する病院で杖をついた1人の少女と出会う。少女の名前は岩永琴子。西洋人形のような幼い美貌を持つこの少女は、11歳の頃に神隠しにあい、あやかし達に右眼と左足を奪われ、現在は義眼と義足を身につけて生活していた。琴子は人間のような知恵を持たないあやかし達に一眼一足とされることであやかしでは解決できない問題を解決する『知恵の神』となる契約をし、彼女を『一眼一足のおひいさま』として慕い畏れるあやかし達に請われては彼らに知恵を貸し与えていた。そんな彼女は九郎を病院で見かけて一目惚れ。長年告白の機会をうかがっていたが、九郎が婚約者と破局したという情報を掴んではそれを実行したのだった。

琴子はあやかし達から真倉坂市という地方都市に出没する都市伝説・鋼人七瀬と呼ばれる怪異に対処するべく現地に赴く。また琴子を厭う九郎であったが、行方不明になった従姉を探す途上で同じく真倉坂市にて鋼人七瀬と遭遇する。そこに警察官で九郎の元婚約者である弓原紗季も合流し、3人でネットの力によって拡大する鋼人七瀬の脅威に立ち向かう…。

本シリーズの魅力は一見突拍子のないもののように思えるあやかしや都市伝説を当然のもののように扱いながら、それでも本格ミステリとして遺漏なく作品を成立させていることだろう。この人はぶっ飛んでとっ散らかった設定を綺麗に本格ミステリという箱に納めるのが巧い。アニメ的な設定を盛り込んだ特殊ミステリはその数を増やしたが、城平京はその白眉であると思う。そして、琴子の外道ヒロイン力の高さ。外見は非の打ち所がない美少女なのに口は悪いし、下ネタに物怖じないし(むしろ自分から嬉々として突っ込んでいく)、悪巧みに長けている。しかし、かわいい。おひいさまかわいい。

本作はその後の琴子と九郎が関わる事件について描かれた短編集である。以下、収録作について触れる。

 


「ヌシの大蛇は聞いていた」隣県の山奥のヌシの大蛇にとある相談を持ちかけられた琴子は現地へと赴く。ヌシ曰く、自らの縄張りにある山奥の沼に死体を遺棄した女性が行動とそぐわぬ不可解な呟きを漏らしたのを聞いてしまい、気になって仕方ないので、その真意を解釈して説明してほしいという。なぜ女性が死体を沼に遺棄したのかを解き明かすホワイダニット。神経質で一筋縄では納得しないヌシを黙らせる琴子の論理と論理で語りきれない人間の本質を描いたラストのコントラストが素敵。

 


「うなぎ屋の幸運日」地元の穴場感満載の普通の人なら入るに躊躇ううなぎ屋に友人同士で入店した男2人だったが、そこには西洋人形じみた風貌の美少女の先客がいた。彼女は何者なのか、どうしてうなぎ屋に?美少女の正体を推理する男たちであったが、片方の男の意外な解釈からとある犯罪へと話は流れていき…。どうやったらこんな奇天烈な風に話を転がせられるんだと唸らされた。でも着地は意外と湿っぽく後味が苦い。この短編集で一番好みな話。

 


「電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを」ドラマの聖地化から一躍有名になった地方の漁村で魚の大量死が頻発する。原因不明の大量死に暗い雰囲気が立ち込める漁村にて言葉を話す化け猫に家に居着かれた老婆はその大量死の原因がとある怪異によるものであることを知る。その怪異とはまるでピノッキオのような姿でありながら、その右手から雷撃を放つ木偶人形。雷撃のピノッキオはなぜ産まれたのか。琴子と九郎が解決に乗り出す。城平京と言えば度々珍妙な名前の小道具や人物を生み出す作家であるが、これもその類。それでいておちゃらけた話にならずに「雷撃のピノッキオ…悲しい…」となるのが不思議。怪異バトル短編。

 


「ギロチン三四郎」死のモチーフと招き猫を同居させたイラストを持ち味とする女性イラストレーターはとあるニュースに目を奪われる。世にも珍しい国産ギロチンで人の首を斬った男が逮捕されたというニュースだ。その男はかつての自分に因縁がある人物で、その人物の逮捕によって自分の過去の犯罪が明るみに出るのではないか、と怯える女だったが、男は沈黙を守った。後日、女がローカル線で出会ったのは青年の肩で眠る美少女。眠る少女を尻目に言葉を交わすようになった女と青年だったが、やがて青年の口から事件のことが語られ…。またもや変な名前!でもきちんとロジック!一番血塗れな話だったが、一番優しさに溢れていた。すてき。

 


「幻の自販機」琴子の口からうどんの自販機のことを聞かれた九郎。現在は下火になったものの日本中に点在し、未だマニアも存在するような自販機であったが、琴子の言う自販機は化け狸が自作のうどんをほかのあやかしや人間に振る舞うべく、山中に作り上げた迷い家のような異界の休憩所にて運用しているいわゆる妖怪うどんの自販機のことであった。しかし、この自販機のある異界に迷い込んだが故にアリバイが成立してしまった殺人犯が犯行を自白をしたものだからさあ大変。異界の周りを執念深い警官が嗅ぎまわり、このままではうどんを売れない、と言う。この警官を納得させて捜査をやめさせるようにアリバイ工作を意図しなかった犯人のアリバイ崩しをすることとなるが。変な事件の変なアリバイ工作。珍妙な外見な話なのに問題はトリッキーで首を捻るしかなかった。変な話!

 


久しぶりに続編を読めたことが嬉しくなる粒揃いの短編集だった。また長編でもやってほしい。そして、そのためにもアニメも応援したい。琴子の声、誰だろうなあ。

 

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書影。今回はコミック版の片瀬茶柴が手がけている。講談社タイガ刊。

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前作。イラストは万能鑑定士Qでお馴染みの清原絋。

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作者の代表作であるスパイラル〜推理の絆〜。ブレードチルドレンと呼ばれる殺人鬼になる可能性を秘めた子どもたちを巡る事件を名探偵の弟である鳴海歩が解決していく。カノンくんが改造エアガンぶっ放してバトル漫画になる前の方が好き。でも終盤のひよのちゃん、よかったよね。未だにアニメのオープニングとエンディングをたまに観たくなる。アレルヤ

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スパイラルのノベルス版。歩くんの事件簿と鳴海兄の過去の事件簿が収録されている。鋼鉄番長がいい話だった記憶があるけど、それよりはあの叙述トリックが衝撃的過ぎて未だに忘れられない。

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作者のデビュー作。小人地獄という架空の毒薬が関わる2つの時間の物語。名探偵のあり方を問う悲しい話。