「帝都探偵大戦」芦辺拓


「いいか、おれたちをここまで連れてきたものーー」

「お前たちが捕まえられるきっかけとなったものーー」

「誰にも知られることなく、見られなかった悪事をーー」

「白日の下にさらけ出し、裁きにかけるに至ったものーー」

「貴様らには未知であろう、その正体を教えてやろうかーー」

続いて彼らは、異口同音に叫んだ。

「そう、それは……『推理』というものだよ!」 (黎明篇より)

 


名探偵たちの競演。この企みに心踊らないミステリ好きは少なくあるまい。同一作者の複数の探偵の競演も美味ではあるが、それ以上に別の作者の名探偵がひとつの作品で顔を合わせるスペシャル感といったらたまらない。日本においても赤川次郎が「名探偵なんか怖くない」において明智小五郎エラリー・クイーンエルキュール・ポアロを競演させたし、ゲームでも名探偵コナン金田一少年のコラボや逆転裁判成歩堂龍一レイトン教授のコラボが人気を博したのは記憶に新しい。

作者の芦辺拓は作者をして日本一地味な名探偵と称される森江春策のシリーズなどを書く本格推理作家である他に戦前戦後の探偵小説や少年少女小説のアンソロジーを多く刊行するなど編纂者として顔を持つ。さらにこれまでにも「明智小五郎金田一耕助」や「真説ルパン対ホームズ」などの複数の名探偵が登場する作品のパスティーシュを手がけている。本作はその作者のある意味集大成と言える。何故ならば本作には50人にも及ぶ名探偵が縦横に活躍する大パスティーシュ作品であるからだ!

 


江戸の川に女の死体が上がった。豪奢な着物を纏った女の死体には同じ場所を二回刺した傷が遺されていた。さらに化け猫娘のように行灯の油を舐めていたという商家の一人娘の失踪事件、大阪の御金蔵破りなどさまざまな謎が立て続けに起こる中、三河町の半七、銭形平次、若さま、顎十郎などの江戸八百八町と大阪の名探偵たちが大捕物に立ち上がる。(黎明篇)

日中戦争の最中、国内の探偵たちはその活躍の場を失っていた。法水麟太郎は黒死館以来の知人の検事から同盟国のナチス・ドイツが密かに追い求める輝くトラペゾヘドロンと呼ばれる謎の宝玉の調査を依頼される。宝玉を研究していた学者は密室で不審死を遂げており、宝玉を収蔵されている国立博物館には謎の黒い人影が出没していた。法水は科学探偵の帆村壮六や新聞記者の獅子内俊二などと協力して調査を開始するが…。(戦前篇)

大空襲の傷跡が未だ癒えぬ東京。戦後の民主主義と自由の中から新たな名探偵が多く産声を上げ始めた頃、東京大学医学部の神津恭介は頭と手足があべこべになった奇妙な死体と対面する。さらに死体の口内からはジグソーパズルが発見された。ブラジル帰りの富豪が陸の上で海水によって溺死する奇妙な事件においても同じパズルが見つかる。そして明智小五郎不在の中、小林少年は怪人二十面相を思わせる盗みの予告状と対峙する…。(戦後篇)

 


三つの時代に分けて、先述の通り50人もの探偵たちが競演する本作はとにかく豪勢な作品である。そして、それぞれの名探偵の特徴の捉え方が上手く、作者の探偵小説愛の深さを窺わせる。

まず黎明篇。名探偵という言葉もなかった江戸時代。科学捜査なんてものはもちろんなく、開放的な日本家屋においては密室殺人は難しく、さらに時間の感覚が大らかでアリバイという概念そのものの存在が乏しい。そんなミステリが成立しにくい時代の中で巧みにミステリ作品を書き上げてきた名手たちの名探偵が同居し(半七と銭形の「おお、明神下の。ありがとう」「どういたしまして、三河町の」というやりとりのなんと粋な事か!)、大捕物を演じ、油断し切った悪党たちに高らかに推理の神力を謳う本編は本作屈指の爽快感がある。

次に戦前篇。文明開化によってもたらされた自由な気風と舶来の科学捜査などによってより個性が発揮されるようになった名探偵たちであるが、時は日中戦争の真っ只中であり、国内の殺人事件は非国民の所業として捜査も報道もご法度となった時勢の中で探偵たちは活躍の場を奪われ、国によって死を宣告されたに等しい状況にある(江戸川乱歩も発禁処分を受けて創作活動を停止していたし、彼の明智小五郎は海外で国のために働かされていた。金田一耕助も兵隊に取られていた)。その閉塞感のある社会の中でも名探偵たちはその鋭い眼を曇らせることはなく、戦争に邁進する国際的な陰謀を推理の力で立ち向かっていく。またトラペゾヘドロンなどのクトゥルフ神話ゆかりのアイテムが多く登場することから超常的な展開になるかと思いきやこれが実際の歴史とうまく融合させたストーリーに発展させていく作者の腕の巧みさに舌を巻く。実際に親友同士だった小栗虫太郎法水麟太郎海野十三の帆村壮六がタッグを組む展開も熱い(文系オタクと科学オタクの対照的なコンビ!)。そして久生十蘭の真名子明が出てきたのも嬉しい。

そして戦後篇。軍国主義から解放され、再び探偵小説に日が差した自由な時代。特徴は少年少女探偵と警察官探偵の隆盛である。作者によると前者は戦争を止めれなかった大人たちからの子どもたちの自立の現れであり、後者は海外から入ってきた映画と民主警察の誕生が大きく影響しているそうだ。とにかくそのバリエーションの多さに驚かされる。少年探偵と言えば小林少年、というイメージを覆されること請け合いだ。今日の本格ミステリと地続きになった時代の物語である。

戦前、戦後篇には戦時中の閉塞感と悲惨さが通底している。現代でも多くのミステリ作家の中には反戦を訴え、表現規制を厳しく批判する気風があるように感じる。それは江戸川乱歩横溝正史などの日本の探偵小説の礎を築いてきた推理作家たちが戦時中にいかに不遇な扱いを受けてきたかをこの時代の作品から体感しているからかもしれない。作中には乱歩が東京大空襲の様子を描いた防空壕の一文が挿入されている。

さすがにこれだけの名探偵が登場しているので全員に均等に活躍の場が与えられてはいない。探偵小説に馴染みが薄い人にとっては誰が誰だか見分けがつかない、ということもあるだろう。私も半分以上の名探偵とははじめましてだった(その点、巻末の名探偵名鑑の収録はありがたかった)。しかし、この作品で出会った名探偵たちに興味を抱かない、ということはあり得ないと思う。そして古典名作の復刊が目白押しの昨今、彼らに会いに行くのは以前より難しくない。本書は貴重な名探偵との出会いの場を提供してくれる一冊となっている。ぜひ手に取って推しの名探偵を見つけてもらいたい。

 

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書影。創元クライム・クラブから。アオジマイコの描く法水麟太郎と帆村壮六がかっこいい。

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日本四大奇書として名高い小栗虫太郎黒死館殺人事件

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海野十三の帆村壮六(シャーロック・ホームズのもじり)が活躍する蠅男。疑似科学的なSF要素が強く、「また帆村、少々無理な、謎を解き」なんて川柳もあるらしい。

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小説の魔術師こと久生十蘭の魔都。私の推し名探偵・真名子明警視が登場する。ごった煮みたいな怪作。