「1793」ニクラス・ナット・オ・ダーグ


1789年、フランス革命の勃発により、ヨーロッパの王政は揺らいでいた。絶対王政を敷いていたスウェーデン国王グスタフ3世は1792年、押さえつけていた貴族たちの手によって暗殺されてしまう。この物語はその一年後、ストックホルムにおいて幕が上がる。

街の物乞いや街娼、債務不履行者、教会からふしだらと見做された女性などを連行する風紀取締隊の“引っ立て屋”と呼ばれる職業に就く退役軍人のジャン・ミカエル・カルデルは街の排水で濁った湖の中に浮いている死体を引き揚げる。その死体からは四肢、眼、歯など美しい金髪以外のあらゆる部位が奪われ、全くの素性不明であった。

貴族で法律家のセシール・ヴィンゲは警視総監ノルリーンからこの死体の正体を探るように依頼を受ける。しかし、職務において清廉潔白が過ぎたノルリーンは国王に疎まれて左遷されることが決まっており、その権力は風前の灯火。そして、ヴィンゲ自身も重い結核に蝕まれており、その命はこの冬を越えることができないと悟っていた。限りなく残り少ない時間の中でヴィンゲはミカエル・カルデルとともに捜査を開始するが…。

本作はよくあるロゴスの探偵とパトスの助手が手を組むバディものと見えるだろうが、そのキャラクターの作り込みが素晴らしく、既視感を感じさせない。

セシール・ヴィンゲは徹底的な理性の人で、まだ未熟であった法廷の世界において、被告の言葉を有罪無罪関係なく必ず全て聞くまで判決を下させないなど、当時にして先進的な倫理と学識を持ち合わせた高潔な法律家である一方、嫁が浮気している場面に遭遇しても「そりゃ自分死ぬしな、そっちの方がいいよな」と身を引いてしまうなど理性によって貧乏くじを引くタイプでもある。

一方、ミカエル・カルデルはロシアとの戦争において片腕を失った傷痍軍人だ。しかし、恵まれた体躯を持ち、酒場で酔っ払っては木で出来た義腕をまるで棍棒のように振り回して酔客を打ちのめしている粗暴な男。ヴィンゲをして「砂鉄のように暴力を引き寄せる男」と称される彼はとにかく暴力、暴力、暴力によってほとんどの場面を乗り越えていく。しかし、意外と理性的で義に厚い男なのでカラッと好きになってしまう。

「君も腕ないけど、この死体の傷の断面からどのくらい前に切ったと思う?」と聞いちゃうようなヴィンゲとそれに「えっとな…」と答えてくれるミカエル・カルデルの人の良さ。そして物語を経ていくうちにあだ名と同じく亡霊のように痩せ衰えていくヴィンゲを支えていくミカエル・カルデルの漢っぷりにグッとくる。

物語はこの2人がマッチアップする第1章から幾人かの登場人物の視点を経て、やがて身元不明の死体へと収束する。そこに至るまでの道筋は悲惨の限りで、最後までどう転んでどこに落着するか予断を許さない。

また、魅力的なキャラクターを取り巻く奥行きのある世界が彼らを活かしている。じめじめと湿った腐臭が読んでるこちらまで漂ってくるような気がする街並みを登場人物たちが饒舌に伝えている。

警視総監のノルリーンの他にこのキャラも実在したんだ!と驚くくらいよく取材された骨太の歴史ミステリーであるとともに、ヴィンゲとミカエル・カルデルのバディものとしての完成度も高い。スウェーデンではもう間も無く続編が刊行されるらしく、三部作の予定らしい。続編の邦訳が待ち遠しい。

 

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書影。13・67もそうだったけど4桁数字のタイトルの作品は面白い説。

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フランス革命で翻弄される人々を描いたディケンズ二都物語。ギロチン怖い。

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フランス革命で戦々恐々とするイギリス貴族を描いたオルツィのべにはこべ。ギロチン怖い。

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1793読んでる間、脳内の作画はヴァンパイアハンターリンカーンTHORES柴本だった。斧怖い。