「江戸川乱歩作品集Ⅲ」江戸川乱歩


私が江戸川乱歩の面白さにハマったのは今年のことであったが、そのほとんどが明智小五郎を主人公とした探偵小説ばかりであった。そこで今回は少し毛色が違う作品を求めてみた。すなわち、乱歩のエロ・グロ・ナンセンスが散りばめられた変格(推理)小説の部分である。

以下、収録作品についての感想。

 


・百面相役者

語り手の僕が友人に連れられて芝居小屋を訪れた際に目にした百面相役者の変装術は人面の皺までも変幻自在に操るまさに百面相と呼ぶにふさわしい見世物であった。しかし、芝居がはねた後に友人から聞かされた話は芝居以上に奇異なもので…。

ラストの着地が曖昧でその解釈がいくつか想定できる。二十面相に繋がる変装術の話。

 


・毒草

友人と丘で語らっていると、主人公はとある草を見つける。それは堕胎に用いられる毒草であった。半ば面白おかしくその毒草の効能と産児制限論について語っているとその話にじっと聞き耳を立てる女の姿があって…。

明治時代の下級労働者の実情と犯罪としての堕胎の恐ろしさを描いた話。

 


・パノラマ島奇談

ユートピアの夢想に憑かれ、定職を持ずに人生を無為に過ごしていた貧乏書生の人見広介は大学時代の級友でM県随一の富豪の菰田家当主の源三郎の訃報を知る。広介と源三郎は他人でありながら双子のように瓜二つの容姿をしており、広介は自身を抹殺し、源三郎が墓から生き返ったかのように見せかけて源三郎に成り代ることを思いつく。周到な計画と行動力によって入れ替わりに成功した広介は菰田家の資産を使って自身のユートピア、パノラマ島を創り上げていくが、やがて源三郎の妻の千代子に自身の秘密を知られたことに気づき、千代子を殺すことを決めるが…。

横溝正史が本格的に作家となる以前、江戸川乱歩のもとで新青年などの雑誌の編集をしていたが、本作も横溝が編集を務めた。一つの島に様々な世界を切り取り、詰め込んだパノラマ島の描写は素晴らしく饒舌で、華美でありながら不気味で空恐ろしい。ユートピアの王となった広介が破滅していく様とラストが壮絶。収録作の中で一番好きだった。

 


・芋虫

戦争で両手両足と失い、話すことも聞くこともできない廢兵となった須永中尉はかつての上官の屋敷の離れで獣じみた生活を送っていた。須永の妻・時子は夫の介護に勤しむ貞淑な妻を装いながら芋虫のような動きをする不気味な肉塊となった夫を玩具として歪んだ情慾を向けていた。ある日、時子は夫の目に浮かんだ道徳的な苦悶に激昂し、その目を潰してしまう…。

とにかく陰気でグロテスクな話である。パノラマ島とは真逆の境遇から来る退廃性がある。勲章を軽んじた描写のため、戦中は発禁処分を受けた問題作。パノラマ島に次いで好き。

 


・偉大なる夢

第二次世界大戦下、五十嵐博士は音速を超え、光速に迫る日本とアメリカを5時間で飛ぶエンジンを備えた飛行機の構想を得る。成功すれば戦局を覆し、国家に勝利をもたらすことのできる世紀の大発明だ。陸軍省を巻き込んで息子の新一とともにその飛行機の開発に取り組む五十嵐博士であったが、その周囲をアメリカの間諜が暗躍し、やがて博士は息子の目の前で襲撃され、設計図を奪われてしまう。憲兵隊司令の望月少佐が警護の任務に就くも、新一は間諜に拉致され、博士が再び襲撃されてしまう…。

戦中は探偵小説の暗黒時代であり、多くの作家がその創作活動を封じられてしまっていた不遇の時代であったが、そんな中で乱歩は当局からの依頼で国威発揚のためにこの作品を書いた。そんな背景があるからか随所に国家礼賛的な内容を含んでいるのであるが、それを差し引いても本作は本格探偵小説としてきちんと成立している。またアメリカ側から日本を評する役としてルーズヴェルト大統領などが登場するが、この人物描写も戦中の敵国憎し一辺倒で書かれたものとは少し違うように感じ、乱歩の国のご機嫌を窺いながらも自分の書きたいものを書いた、というバランス感覚が窺える。ラストの悲哀を含みながらも一気呵成につき進む展開が好みだった。

 


防空壕

市川清一は人間の中に潜む死と破滅に惹かれる美的官能に触れながら、戦中の東京で空襲のあったとある夜のことを回想する。清一が命からがら火の手を掻い潜り、とある金持ちの屋敷の防空壕に逃げ込むとそこにはひとりの女がいた。女の美しさに動かし難い情慾を抱いた清一は女と衝動的に交わってしまう。翌朝、目を覚ますと女は姿を消していた。その女の魅力に憑かれた清一はその後も方々、女を捜し求めるが、女の行方は杳として知れない。その防空壕の反対側に隠れていた老婆を見つけ出すも、清一と女のことは覚えていなかった。その後、老婆の回想が始まる。

戦後10年ほどして書かれた短編。偉大なる夢の後に読むと、裏でこんなこと考えてたんかい、みたいな乾いた笑いが浮かぶ。帝都探偵大戦で抜粋された部分からもっと暗い話かと思っていたら意外とユーモアのある話だった。

 


・指

通り魔に右手首を切られたピアニストの話。

世にも奇妙な物語っぽい話。というか、ピアニストの手がなくなる話といえばトカゲのしっぽって話、あったよね。あれを思い出した。

 


読んでいて改めて感じたのは乱歩の描写の饒舌さである。とにかく情報が詰まっていて、その多弁さは特に悪党のアジトと人外じみた醜悪な人物描写において光る。

薄汚い時代の明智さんが好きな私としては楽しい作品ばかりだった。もっと色々読んでみたいなあ、と思いました。

 

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書影。岩波文庫の本、久しぶりに読んだなあ。