「乱鴉の島」有栖川有栖
「あらかじめ告白しておきますが、私は断定できるほど確かな推論は持ち合わせていないんですよ。あるのはただ、想像を束ねた棍棒みたいなものです。これからそいつで、犯人に一撃をくれます」
魔眼の匣を読んでたら猛烈に有栖川有栖が読みたくなったので、前から読みたかった本作を買った。本作は探偵役に臨床犯罪学者の火村英生とワトソン役にミステリ作家・有栖川有栖を配した作家アリスシリーズの長編である。
春休み、大学の激務からガス欠気味の火村英生は下宿の大家の勧めで三重県にある離島の民宿へ友人である有栖川有栖を伴って旅行へ出かける。しかし、ほんの小さな間違いが重なり、彼らは烏島と呼ばれる島へと置き去りにされてしまう。その島には象徴詩人として高名な主人とそのファンが懇親のために集っていた。部外者として居心地の悪さを感じながらも彼らの連れてきた子供に懐かれた2人は、その島に留まることに。
そこに新たな闖入者がヘリコプターとともに現れる。その男は新鋭の起業家であり、テレビを賑わす若き富豪。この男はとある目的から会の参加者である医師を追ってきたのだった。その目的とは彼の持つクローン技術であった。明らかになった事実から火村たちはこの島に集まった人々の様子がおかしなことに気づき始める。その疑念を裏付けるように島で殺人事件が起こり…。
外界から隔絶された孤島が舞台になるミステリ作品といえば枚挙にいとまがない。最も有名なクリスティのそして誰もいなくなった、江戸川乱歩の孤島の鬼にパノラマ島奇譚、横溝正史の獄門島、綾辻行人の十角館の殺人、森博嗣のすべてがFになる、そして作者も学生アリスシリーズにおいてすでに孤島パズルという孤島モノの傑作を書いている。
しかし、アリスによって前口上で語られるように、あるいは火村自身によって「こんな奇妙な事件は聞いたことがない」と語られる本作もそのコピーに偽りはない面白さだった。
鴉が不気味に飛び遊ぶ孤島、集まった曰くありげな人々、古風なエドガー・アラン・ポーの詩作と未来的とも言えるクローン技術の実在性の対立。しかし、その理想的とも如何にもと言える舞台において起こる事件は非常に地味だ。火村が「いたってありふれたもの」と言うのも頷ける、解決になるほどと唸るも非常に小粒な事件だ。解決編も想像を束ねた棍棒というように快刀乱麻、鮮やかとは言い難い部分がある。たしかに孤島という条件でしか成立はしないが、やはり孤島パズルと比べると見劣りしてしまう。
だが、本作の肝は殺人事件ではない。この事件の核となる人々のドラマだ。何故この島に人々が集まったのか、何故この島で殺人事件が起きなければならなかったのか。路傍の花のようなありふれた殺人事件を人間の倫理観を問う作劇と心に迫る心情描写で巧みに活かしてみせる。やった解決だ!という気持ちよさよりも胸にズンと来るような忘れられないものが残る。これもまた有栖川有栖の持ち味だと思う。
そして事件も地味ではあるが面白さはきちんと担保されている。これまで警察に捜査協力してきた経歴を持つ火村は基本的にすんなりと事件現場で優位な立場を確保してきたが、本作ではいつものように能動的に現場に乗り込んだわけではなく、巻き込まれ型のアウトサイダーだ。そこがネックとなって島の人間から容疑者扱いを受けるなど非常に危ない立ち位置に立たされる。そこがスリリングであった。また、登場する起業家は明らかに堀江貴文を意識して書いてあり、当時のことを懐かしみながら読んでいた(ホリエモンも今じゃすっかり面白だけの人になっちゃったよね)。
江神二郎が相対した孤島とはまた別の孤島モノ。しっとりした雰囲気はスウェーデン館が好きな人はハマると思います。面白かった。また斎藤工と窪田正孝で映像化してくれないかなあ。
書影。作家アリスシリーズはいくつもの出版社に横断して出版されているが本作は新潮社。表紙の「Nevermore」とはポーの詩・大鴉にて大鴉が語りかける言葉。
学生アリスの孤島モノである孤島パズル。鮮やかな解決編と胸を打つラストが素晴らしい。
講談社から出てる作家アリスで国名シリーズの第2作であるスウェーデン館の謎。足跡なき殺人の鮮やかなトリックと作劇が素晴らしい。
結局観てないんだけど斎藤工と窪田正孝のコンビって最強よね、っていう実写ドラマ版。
舞台が同じく三重県(作中ではM県になってるけど)の乱歩のパノラマ島奇譚。作中でも触れられている。
同じく作中で触れられているポーの大鴉。作中で非常に大きな存在感を示している。
大鴉が出てくる島ミステリと言えばアン・クリーヴスのシェトランド四重奏シリーズ第1作の大鴉の啼く冬。シェトランド諸島の火祭りであるウップ・ヘリー・アーの描写が素敵。これも面白い。
歴史の偉人のクローンたちが集められた学園で起こる事件を描いたスエカネクミコの放課後のカリスマ。そういや途中から読んでないなあ、探して読もう。