今年のガツンと来た10冊

今年もいよいよ終わりである。

振り返れば辛いことだらけだったけど、楽しいこともたくさんあった。

その中に、このブログを始めたこと、そしてこのブログによって作者の方や翻訳者の方から温かい言葉を頂けたことがある。

これは本当に嬉しかったなあ。

ありがとうの気持ちを込めて、私も今年の読書録とその中でも特にお気に入りの10冊なんか振り返ってみようと思う。

まずは今年一年で読んだ本を列挙する。

 

屍人荘の殺人 今村昌弘

樽 F・W・クロフツ

サマー・アポカリプス 笠井潔

ニューヨーク1954  デイヴィッド・C・テイラー

うまや怪談 神田紅梅亭寄席物帳 愛川晶

三題噺 示現流幽霊 神田紅梅亭寄席物帳 愛川晶

幽霊塔 江戸川乱歩&宮崎駿

私が殺した少女 原尞

怪盗不思議紳士 我孫子武丸

そして夜は蘇る 原尞

明智小五郎事件簿Ⅰ 江戸川乱歩

真実の10メートル手前 米澤穂信

ピアノ・ソナタ S.J.ローザン

明智小五郎事件簿Ⅱ 江戸川乱歩

山魔の如き嗤うもの 三津田信三

エジプト十字架の謎 エラリー・クイーン

奇術探偵 曾我佳城全集 秘の巻 泡坂妻夫

飛蝗の農場 ジェレミー・ドロンフィールド

『アリス・ミラー城』殺人事件 北山猛邦

月光亭事件 太田忠司

『クロック城』殺人事件 北山猛邦

ガラスの街 ポール・オースター

シャーロック・ホームズ 絹の家 アンソニーホロヴィッツ

縞模様の霊柩車 ロス・マクドナルド

その可能性はすでに考えた 井上真偽

べにはこべ バロネス・オルツィ

二都物語 チャールズ・ディケンズ

合邦の密室 稲葉白菟

探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝

吸血の家 二階堂黎人

ミステリー・アリーナ 深水黎一郎

フィルム・ノワール/黒色影片 矢作俊彦

IQ ジョー・イデ

幽霊男 横溝正史

女王蜂 横溝正史

殺人論 小酒井不木

動く標的 ロス・マクドナルド

きみといたい、朽ち果てるまで 坊木椎哉

エラリー・クイーンの冒険 エラリー・クイーン

名探偵の証明 市川哲也

コードネーム・ヴェリティ エリザベス・ウェイン

元年春之祭 陸秋槎

アックスマンのジャズ レイ・セレスティン

夜を希う マイクル・コリータ

第四の扉 ポール・アルテ

王とサーカス 米澤穂信

キッド・ピストルズの冒瀆 パンク=マザーグースの事件簿 山口雅也

そして五人がいなくなる はやみねかおる

帝都探偵大戦 芦辺拓

ウィチャリー家の女 ロス・マクドナルド

埠頭三角暗闇市場 椎名誠

探偵は教室にいない 川澄浩平

体育館の殺人 青崎有吾

水族館の殺人 青崎有吾

風ヶ丘五十円玉祭りの謎 青崎有吾

鉤爪の収穫 エリック・ガルシア

首無館の殺人 月原渉

奇譚蒐集録~弔い少女の鎮魂歌~ 清水朔

図書館の殺人 青崎有吾

聖アウスラ修道院の惨劇 二階堂黎人

江戸川乱歩作品集Ⅲ 江戸川乱歩

暁の死線 ウィリアム・アイリッシュ

 

その中で面白かった10冊を選ぼうと思います。

 

私が殺した少女 原尞

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矢作俊彦馳星周と続いて和製ハードボイルドの魅力に改めて憑かれた1冊。沢崎がかっこいいんだあ。

 

『アリス・ミラー城』殺人事件 北山猛邦

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今年いちばん「騙された!!!」と気持ちよく唸らされた。物理の北山の二つ名に収まらない飛躍の1冊。

 

二都物語 チャールズ・ディケンズ

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恋愛、革命、法廷、暗殺、ミステリー…ありとあらゆるエンターテイメントを内包した傑作長編。久しぶりに泣きながら読んだ。来年は古典の大長編にも挑戦したい。

 

ピアノ・ソナタ S・J・ローザン

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主人公交代形式というシリーズものの強みを活かしたアメリカン私立探偵小説。傷ついた中年探偵の事件の後始末が粋。

 

コードネーム・ヴェリティ エリザベス・ウェイン

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大戦中、運命に翻弄されるふたりの女性の自由への闘争の物語。今年いちばんロマンチックな大作だった。私たち、すばらしい仲間よ。

 

元年春之祭 陸秋槎

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13・67に続く華文本格ミステリの黒船。紀元前の古代中国を舞台に描かれる少女たちの葛藤と驚天動地、未知のホワイダニットの衝撃に恍惚。

 

王とサーカス 米澤穂信

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実在のネパール王族殺人事件とフィクションの殺人事件を巧みに融合させた作者の最高傑作。登場人物たちの声にならない怒りと悲しみが身を切るようだった。いつかネパールに行ってみたい。

 

探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝

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表紙にいい意味で騙された。犯罪を推理する探偵AIの相以ちゃんのAI特有の弱点と可愛さを共存させ、さらにAIのリアル・ディープラーニングによる成長と本格ミステリを両立している快作。読感は気楽ながら中身に唸らされる。

 

合邦の密室 稲葉白菟

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あやつり左近以来の文楽×ミステリ、という作品ながら、より深く文楽の世界へ踏み込んだ描写と謎に満ちた悲劇を秘めた事件、そして温かい読後感が素晴らしかった。デビュー作とは思えない力作に作者の今後の活躍が楽しみで仕方ない。

 

探偵は教室にいない 川澄浩平

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屍人荘と同じくデビュー作にして鮎川哲也賞大賞という末恐ろしい1冊。登場人物の中学生の描写が抑えめながら確立しており、青春ミステリとして自分の中で不動の地位を得た。続編がありそうなので今から楽しみにしている。

 

体育館の殺人 青崎有吾

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自分と同じ年に生まれた作者のデビュー作ということでしこたま打ちのめされたが、それ以上に学校という空間で起こる殺人事件の面白さとたったひとつの証拠から次々に解明されていく真相の連続に度肝を抜かれた。平成のエラリー・クイーンの名をほしいままにする作者の間違いのない傑作。

 

10冊には選ばなかったものの楽しい本とたくさん出会えた。というか楽しくなかった本なんてほとんどなかった。

来年も食わず嫌いをせずに新しい方面への開拓をしつつ、今年出会えた本とのつながりも大切にしていきたい。

また、全然趣味の違う人のオススメなんかも聞いてみたい。それもきっと楽しい。

月並みですが、今年は以上です。ありがとうございます。来年もよろしく。

 

「暁の死線」ウィリアム・アイリッシュ


その男は彼女にとって一枚の桃色をしたダンスの切符でしかなかった。それも、二つにちぎった使用済みの半券。一枚十セントのなかから彼女の手にはいるニセント半の歩合。一晩じゅう、床の上いっぱいに、彼女の足をぐいぐい押しつづける一対の足。

 

物語はこのような書き出しで始まる。
ニューヨークの場末のダンスホールで男相手に踊るダンサーのブリッキーは故郷に背を向けて足を踏み入れた大都会に抱いた憧れと夢に敗れ、諦めと絶望の底から抜け出せずにいた。ホールの窓越しに見えるパラマウントの時計塔を友に、日々遅々と過ぎ行く時間をやり過ごしていた彼女の目の前にひとりの男が現れる。心ここに在らずの様子で大量に購入したダンスの切符を持て余した男はブリッキーと踊り、暴漢に襲われそうになった彼女を救い出す。当初は先述の通り、数多の男の中のひとりでしかなかった彼を成り行きで家に上げることになったブリッキーは男が彼女の故郷の生家の裏に住む青年・クインであることが分かると意気投合を果たす。ブリッキーと同様に大都会に夢敗れた彼を前にして、これを故郷へと戻る千載一遇の機会と感じた彼女はクインにその計画を持ちかけるが、クインは彼女と出会う前にとある屋敷で盗みを働いたことを告白する。

このままでは彼は捕まってしまう。そして、故郷へ行くバスは4時間後に行ってしまう。ブリッキーはバスの出発までに屋敷で盗んだ金を戻し、そのまま自分とニューヨークを離れるよう彼を説得する。説得に応じた彼と屋敷へとやってきた彼女であったが、屋敷ではひとりの男が殺されていた。ブリッキーとクインは状況証拠から現場にはふたりの男女がいたことを見出し、クインの容疑を晴らしてニューヨークから逃れるために殺人犯を捜すために夜の大都会へと踏み出すのだった…。

本作では各章の頭に時計のイラストが挿入されていて、そこに刻まれた時刻が物語とともに推移していく形式を取っている。まず、主人公のひとりであるブリッキーがいかに自身の境遇に腐っているかが描かれいる。ブリッキーは都会が魔物のごとく狡猾に足を引っ張り、自身の運命を弄んでいると思い込んで、都会に自身の破滅という褒美を与えないように必死に抗っている。その絶望感とブリッキーの擦れ具合と言ったら凄まじいものがある。そこからもうひとりの主人公クインと出会うことによってその現状を打破できると感じた彼女のロマンチックなまでの心境の変化にはさらに心が踊る。

しかし、意を決して薄汚いアパートから踏み出したふたりを待っていたのはさらに残酷な運命であった。殺された男を前にまたもや絶望する彼らであったが、都会にこのまま破滅させられることから抗うことを決めた彼らは素人ながらにいくつもの証拠を必死に見出し、それぞれ犯人を追っていく。数々の徒労に時間を浪費しながら、やがて犯人へと肉薄していく様が刻々と目減りしていく残り時間と相まって格別なスリル感を与えてくれる。

表紙に描かれた時計に刻まれた時刻は午前6時15分。その時間に彼らが見た景色はどのようなものだったのだろうか。抜群の心情描写とスリル感がほんとに素晴らしい傑作だった。おススメです!

 

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書影。ラストまで読むとこの時計が違うものに見えてくる。

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ブリッキーの心の友、パラマウント・ビルの時計。またニューヨークで見てみたいものが増えた。

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作者のもうひとつの代表作。ひとりの男の死刑執行のタイムリミットまでに女を探し出す物語。

 

 

「江戸川乱歩作品集Ⅲ」江戸川乱歩


私が江戸川乱歩の面白さにハマったのは今年のことであったが、そのほとんどが明智小五郎を主人公とした探偵小説ばかりであった。そこで今回は少し毛色が違う作品を求めてみた。すなわち、乱歩のエロ・グロ・ナンセンスが散りばめられた変格(推理)小説の部分である。

以下、収録作品についての感想。

 


・百面相役者

語り手の僕が友人に連れられて芝居小屋を訪れた際に目にした百面相役者の変装術は人面の皺までも変幻自在に操るまさに百面相と呼ぶにふさわしい見世物であった。しかし、芝居がはねた後に友人から聞かされた話は芝居以上に奇異なもので…。

ラストの着地が曖昧でその解釈がいくつか想定できる。二十面相に繋がる変装術の話。

 


・毒草

友人と丘で語らっていると、主人公はとある草を見つける。それは堕胎に用いられる毒草であった。半ば面白おかしくその毒草の効能と産児制限論について語っているとその話にじっと聞き耳を立てる女の姿があって…。

明治時代の下級労働者の実情と犯罪としての堕胎の恐ろしさを描いた話。

 


・パノラマ島奇談

ユートピアの夢想に憑かれ、定職を持ずに人生を無為に過ごしていた貧乏書生の人見広介は大学時代の級友でM県随一の富豪の菰田家当主の源三郎の訃報を知る。広介と源三郎は他人でありながら双子のように瓜二つの容姿をしており、広介は自身を抹殺し、源三郎が墓から生き返ったかのように見せかけて源三郎に成り代ることを思いつく。周到な計画と行動力によって入れ替わりに成功した広介は菰田家の資産を使って自身のユートピア、パノラマ島を創り上げていくが、やがて源三郎の妻の千代子に自身の秘密を知られたことに気づき、千代子を殺すことを決めるが…。

横溝正史が本格的に作家となる以前、江戸川乱歩のもとで新青年などの雑誌の編集をしていたが、本作も横溝が編集を務めた。一つの島に様々な世界を切り取り、詰め込んだパノラマ島の描写は素晴らしく饒舌で、華美でありながら不気味で空恐ろしい。ユートピアの王となった広介が破滅していく様とラストが壮絶。収録作の中で一番好きだった。

 


・芋虫

戦争で両手両足と失い、話すことも聞くこともできない廢兵となった須永中尉はかつての上官の屋敷の離れで獣じみた生活を送っていた。須永の妻・時子は夫の介護に勤しむ貞淑な妻を装いながら芋虫のような動きをする不気味な肉塊となった夫を玩具として歪んだ情慾を向けていた。ある日、時子は夫の目に浮かんだ道徳的な苦悶に激昂し、その目を潰してしまう…。

とにかく陰気でグロテスクな話である。パノラマ島とは真逆の境遇から来る退廃性がある。勲章を軽んじた描写のため、戦中は発禁処分を受けた問題作。パノラマ島に次いで好き。

 


・偉大なる夢

第二次世界大戦下、五十嵐博士は音速を超え、光速に迫る日本とアメリカを5時間で飛ぶエンジンを備えた飛行機の構想を得る。成功すれば戦局を覆し、国家に勝利をもたらすことのできる世紀の大発明だ。陸軍省を巻き込んで息子の新一とともにその飛行機の開発に取り組む五十嵐博士であったが、その周囲をアメリカの間諜が暗躍し、やがて博士は息子の目の前で襲撃され、設計図を奪われてしまう。憲兵隊司令の望月少佐が警護の任務に就くも、新一は間諜に拉致され、博士が再び襲撃されてしまう…。

戦中は探偵小説の暗黒時代であり、多くの作家がその創作活動を封じられてしまっていた不遇の時代であったが、そんな中で乱歩は当局からの依頼で国威発揚のためにこの作品を書いた。そんな背景があるからか随所に国家礼賛的な内容を含んでいるのであるが、それを差し引いても本作は本格探偵小説としてきちんと成立している。またアメリカ側から日本を評する役としてルーズヴェルト大統領などが登場するが、この人物描写も戦中の敵国憎し一辺倒で書かれたものとは少し違うように感じ、乱歩の国のご機嫌を窺いながらも自分の書きたいものを書いた、というバランス感覚が窺える。ラストの悲哀を含みながらも一気呵成につき進む展開が好みだった。

 


防空壕

市川清一は人間の中に潜む死と破滅に惹かれる美的官能に触れながら、戦中の東京で空襲のあったとある夜のことを回想する。清一が命からがら火の手を掻い潜り、とある金持ちの屋敷の防空壕に逃げ込むとそこにはひとりの女がいた。女の美しさに動かし難い情慾を抱いた清一は女と衝動的に交わってしまう。翌朝、目を覚ますと女は姿を消していた。その女の魅力に憑かれた清一はその後も方々、女を捜し求めるが、女の行方は杳として知れない。その防空壕の反対側に隠れていた老婆を見つけ出すも、清一と女のことは覚えていなかった。その後、老婆の回想が始まる。

戦後10年ほどして書かれた短編。偉大なる夢の後に読むと、裏でこんなこと考えてたんかい、みたいな乾いた笑いが浮かぶ。帝都探偵大戦で抜粋された部分からもっと暗い話かと思っていたら意外とユーモアのある話だった。

 


・指

通り魔に右手首を切られたピアニストの話。

世にも奇妙な物語っぽい話。というか、ピアニストの手がなくなる話といえばトカゲのしっぽって話、あったよね。あれを思い出した。

 


読んでいて改めて感じたのは乱歩の描写の饒舌さである。とにかく情報が詰まっていて、その多弁さは特に悪党のアジトと人外じみた醜悪な人物描写において光る。

薄汚い時代の明智さんが好きな私としては楽しい作品ばかりだった。もっと色々読んでみたいなあ、と思いました。

 

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書影。岩波文庫の本、久しぶりに読んだなあ。

 

 

「聖アウスラ修道院の惨劇」二階堂黎人


優れた建造物は優れた物語を産み出す。それも時に優れたキャラクターよりも雄弁に物語を語る、と私は思う。ルブランの奇岩城も、カーの髑髏城も、乱歩の幽霊塔も、宮崎駿カリオストロの城綾辻行人の館たちも、あれらの建造物なくしてその物語は輝かない。そして、この物語に登場する聖アウスラ修道院もそれらに引けを取らない類稀なる優れた建造物である。そして、優れた建造物はその内側に読者を惹きつけて離さない優れた謎を隠し持っているのだ。

長野県、野尻湖畔にある聖アウスラ修道院カトリックの聖人によって創立され、その地下迷宮に膨大なキリスト教の文書を秘蔵しているとされる閉ざされた修道院にて、尼僧の塔の最上部の黒い部屋からひとりの女生徒が墜落死した。室内は密室となっており、自殺かとも思われたが女生徒の体には何者かに襲われたかのような無数の刺し傷があった。また近隣の村では枝垂れ桜に高名な老司教が首を切断された裸の死体が逆さに吊り下げ晒される酸鼻極まる殺人事件も発生していた。

大学生の二階堂蘭子と黎人の兄妹は修道院の現院長から院内で起きた事件の真相の解明を依頼され、修道院へと赴く。女生徒の死と老司教の死に関連を疑う蘭子は、その他に修道院で起こった不審死と女生徒が遺した暗号について調査する内にこれがヨハネ黙示録に見立てられた連続殺人であることに気づく。しかし、蘭子たちの捜査を嘲笑うかのように修道院で第二の密室殺人が起こり…。

警視正の父を持つ美貌の女子大生探偵・二階堂蘭子とその兄にしてワトソン役の黎人を主人公に、曲者揃いの修道院のシスターたちや、渋い長野県警の警察官たち、さらに犬神家っぽい豪商や八つ墓村みたいな老尼(本作では三人セットで出てくる)と魅力的なキャラクターに溢れた作品であるが、やはり本作の花形は舞台となる聖アウスラ修道院で間違いがない。

キリスト教の意匠を細部まで行き渡らせた荘厳でありながら不気味な造り、そして随所に隠されたギミックの数々。そして地下迷宮!思い出さずにいられないのが作中でも思いっきりオマージュされているカーの髑髏城、そして乱歩の幽霊塔とそれに深く影響を受けたルパン三世カリオストロの城だ。

舞台がよく作り込まれているので聖書を下敷きにした謎めいた暗号がよく映える。そして一歩間違えば「んんん?」となってしまいそうな大掛かりな仕掛けにも違和感で引っかかってしまって減速するようなこともなく物語をレールの上でフルスピードで滑走させている。これは作者が非常に丁寧にこの建造物に謎のヴェールを施したからに他ならない。

密室、見立て、暗号、宗教、歴史、隠し通路、財宝ととにかくマシマシに盛り込まれたミステリーをその内部に溜め込んだ魅惑の建造物。読み応え抜群の快作だった。おススメです。

 

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書影。講談社文庫って特に黄色い背表紙にワクワクするよね。しない?

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何回目かの登場の髑髏城。作中でも言及されているしまんまなシーンが登場する。

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大デュマのモンテ・クリスト伯。蘭子が修道院を伯爵が幽閉されていたシャトー・ディフと準える。

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元祖アルセーヌ・ルパンの奇岩城。作中では他の作品に言及あり。

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孫のルパン三世カリオストロの城。あの城の追いかけっこやラストにワクワクした人なら本作も楽しめるはず。

 

 

「首無館の殺人」月原渉


とある屋敷の一室でひとりの女が目を覚ます。ぼんやりとする頭で周囲にいる人間を見回すも、どの顔にも見覚えがない。女は記憶喪失になっていた。女は自分の名が宇江神華煉ということ、ここが横浜の祠乃沢という地にある斜陽の貿易商・宇江神家の館であるということ、自分がその家の一人娘であること、体が弱く、階段から落ちた際に記憶を失ったことを教えられる。

自己の実感もないままに閉ざされた館で生活をする華煉のもとに縁戚の家からひとりの使用人が世話役として寄越される。日本人離れした美貌と洋装に身を包んだ彼女の名はシズカ。穏やかだがどこか不可解な気配のある宇江神の家でシズカとともに生活を送る華煉だったが、やがて屋敷の女主人が無惨にも首を切られて死んでいる姿で発見される。死体の入れ替わりが疑われる中、誰も入ることが許されない中庭において浮遊する女主人の首が目撃される。奇しくも首無館と呼ばれる屋敷で首斬り殺人は続き…。

首斬り殺人といえば殺人事件の花形である。首斬り殺人は顔のない殺人の代表格(他には死体の顔を潰したり、焼いたりとか)で首斬り殺人が起これば入れ替わりを疑え、なんて言われるくらいお約束な展開だが、ミステリの歴史の中で首斬りが行われるホワイダニットについては手を替え品を替えあらゆる作家が挑戦してきており、そのパターンは千差万別だ。一作家一斬首といってもいいくらい、あるいは一斬首なんて言い切れないくらい首斬り殺人が書かれているかもしれない。先行の作品で面白かったのはクイーンのエジプト十字架の謎、笠井潔のバイバイ、エンジェル、三津田信三の首無の如き祟るもの、北山猛邦の『クロック城』殺人事件、西尾維新クビキリサイクルなどがパッと思いつく。

とにかく斬首死体が溢れて渋滞しているミステリワールドであるから、もはや斬首死体は読者サービスみたいになっちゃってる感もある。連続殺人の1パーツとして扱われていたりして、「はいはい入れ替わりね!俺は詳しいんだ」みたいな読者の目は厳しい。そんな中で本書は首斬り殺人に真正面から取り組んでいる。首斬り殺人講義のようにどうして死体の首は斬られなくてはならなかったのか、入れ替わりの条件とは、という問題に視点はクローズアップされていて、その殺人事件全体を貫く大きなホワイダニットはこれまで読んだ作品とは毛色が異なり、事件の後日談に独特の趣を加えている。

探偵役の女使用人シズカの造形も面白かった。「犯人が首を斬る死体の顔に拘ってるなら生き残った全員の顔の皮を剥いじゃえばいいんですよ」みたいなことを理路整然と言い出すのはクールだがブラックなユーモアがある。

個々の事件のパンチが弱い(せっかくの好立地の屋敷がもう少し本筋に絡んでいればよかった)のと全体のボリューム感のなさから来る物足りなさはある気はするが、事件の裏側に潜んでいた一族の秘密が明らかになったときの驚きと事件の後日談の穏やかさは個人的に好物だった。

 

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書影。使用人探偵シズカのシリーズ2作目にあたるらしい。そちらは見立て殺人がメインらしい。

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笠井潔の矢吹駆シリーズの1作目であるバイバイ、エンジェル。なぜ首を斬ったのか、のホワイダニットが秀逸。

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北山猛邦の『クロック城』殺人事件。首はどうやって移動したのか。私の感想は過去記事参照。

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西尾維新クビキリサイクル。斬首死体の使い方が面白い。

 

 

「鉤爪の収穫」エリック・ガルシア


男の子なら遺伝子レベルで無条件降伏してしまうようなものがこの世にはいくつかある。恐竜もその最たるもののひとつだろう。恐竜図鑑を見てそのスケールと造形のダイナミックさに胸打たれずに大人になった子どもがこの世にどれだけいるだろうか。そして、私立探偵。クレバーな頭脳とタフな肉体を持つ男の中の男。このふたつのかっこよさの象徴を前にしてその魅力に取り憑かれない男の子はいまい。そして、この世にはそんな男の子が涎を垂らして喜ぶ劇物劇物をクールな顔をして掛け合わせるとんでもない想像力を持った人間が存在する。その名はエリック・ガルシア。そして、彼が創り上げたのが恐竜探偵ヴィンセント・ルビオである。

隕石によって恐竜が絶滅しなかった世界。恐竜は二足歩行に進化し、人の皮を被ることによって人間社会に巧妙に溶け込み、強かに生き延びていた。LAで私立探偵を営むハーブ中毒のヴェラキラプトルのヴィンセント・ルビオは同じくヴェラキラプトルの大ギャングであるフランク・タラリコに雇われる羽目に陥る。馴染みの女探偵グレンダとマイアミへ飛んだルビオはタラリコ一家と対抗するハドロサウルスのデューガン一家のボスがかつての幼馴染のジャックであることを知る。思わぬ再会に旧交を温めるルビオとジャック。そしてジャックの妹でルビオと因縁のあるノリーンとも再会を果たすが、マフィア同士の抗争は着実にその勢いを増していき…。

まず二足歩行の恐竜の探偵、というトンデモ設定に驚かされるが、これが作者によって実に巧みに世界観を成立されていることにより驚かされる。二足歩行の恐竜が人間社会で活躍する、と言えば久正人のジャバウォッキーシリーズが思い出されるが、あちらが絵のかっこよさとスピーディな展開で説明されているのに対し(ステキ変装アイテムを作る発明家のブースロイドの手腕も大きい)こちらは文章の説明力を最大限に活かしてそれを補っている。そして、恐竜同士でさえお互いの種族を一目で見抜けない精巧な人の皮を被っている、という恐竜小説の趣を損ねてしまいそうな設定を恐竜特有の嗅覚によって恐竜描写をしているのが巧い。思い出の女恐竜の海水とマンゴーの匂い、嫌いな男の汗とナチョスの臭い、嘘を吐く男のプルーンの香り、寂れた街に漂うあきらめのにおい。読んでいるだけでこちらまで薫ってくるようなにおいの描写は実に豊富で芳醇で、ハーブ中毒(恐竜社会における麻薬)のルビオがいく先々で出会うハーブの描写も饒舌だ。これは素晴らしかった。

あらすじだけ見ているとトンデモ設定のなんちゃってハードボイルドのように見えるかもしれないが、本書は紛うことなき硬派な犯罪小説である。少しこの道を齧った人ならタイトルからピンとくるであろうが、本作はハメットの血の収穫を下敷きにしている。血の収穫はコンティネンタル・オプがとある地方都市で対立する犯罪組織の間で立ち回り、両者を壊滅させるアメリカン・ノワール小説であるが、作中本来常識人であるはずのオプが次第に凶暴になっていき(作中、オプ自らが血呆症と語る)、残忍な手段と謀略で登場人物を血祭りに上げていく。本書のルビオも初めは禁ハーブ生活中のダメ探偵そのものでありながら、犯罪組織の二重スパイとなり、抗争を通してマフィアの世界にズブズブとはまっていき、やがて自らもマフィアと変わらない残忍な凶竜になっていく。

読んでいる間にもう一つ思い出したのは馳星周不夜城シリーズの劉健一だ。健一もはじめは裏社会のケチな便利屋でしかなかったが探偵の真似事をして犯罪組織の間を渡り歩いている間にその有り様が禍々しく歪んでいき、シリーズの終盤では黒幕と堕していた。

ルビオと健一の共通点はかつての相棒と愛した女に雁字搦めとなって破滅していく姿だ。そして、この破滅を引き立てるのがかつての美しい思い出だ。青春小説を思わせるほど瑞々しくほろ苦いこの回想シーンは良い酒のようにじんわりと胸を焼く。

ルビオはこの事件の後にオプのように理性的な探偵に戻ることができたのであろうか。それとも劉健一のように悪党となってしまったのだろうか。その行方は今はまだわからない。その行く末を知るためにエリック・ガルシアにはぜひこのシリーズを発展させていってほしい。素晴らしい作品だった。おススメです!

 

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書影。いきなり3作目から読んでしまったから1作目から読み直したい。

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クールだが奥手なオヴィラプトルのガンマン・サバタと大酒飲みの女スパイ・リリーが歴史的事件の裏で大活躍!久正人のジャバウォッキーシリーズ。大傑作。続編のジャバウォッキー1914がもうすぐ完結する。さびしい。

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タイトルの元ネタであるダシール・ハメットの血の収穫。黒澤明の用心棒の元ネタ。ブルース・ウィリスラストマン・スタンディングの元ネタ。大傑作。

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和製ノワールの大傑作、馳星周不夜城シリーズ。金城武で実写化された。またこういう馳星周が読みたいなあ。

「体育館の殺人」青崎有吾


私のこれまでの長くも短くもない人生の中で1日に2冊の本を一気に読み切ったことがあっただろうか。私が1番文学少年というか路地裏ラノベ少年をやっていたのは中学2年のときだったが、それでもあまりそういう経験はなかったと思う。少なくとも記憶にない。でも、これからは今日の日のことをにやにやと自慢げに言い出すと思う。「ぼく、探偵は教室にいないと体育館の殺人を同じ日に読んだんですよ」なんて。

体育館の殺人は探偵のいない教室や屍人荘の殺人と同じく鮎川哲也賞大賞作品である。作者の青崎有吾が「平成のエラリー・クイーン」と呼ばれているロジック派の本格ミステリのルーキーであることは知っていたし、ツイッターのアカウントも知っていたけれどその著作は今日まで手に取ることはなかった。それは主人公がオタク高校生探偵というキャラ小説っぽいレッテルをなんとなく避けてしまっていたからだが、そんな自分を思い切り張り倒してやりたい。そもそも本家のエラリー・クイーンだってそうじゃないか(褒め言葉)。私のそんなくだらない杞憂が一瞬で消し飛ぶくらいに本作は平成のエラリー・クイーンと呼ばれるに相応しい傑作だった。すなわち快刀乱麻のロジックの作品だ。

風ヶ丘高校の女子卓球部に所属する柚乃は旧体育館の舞台上で刺殺された放送部部長の死体を発見する。現場は開放的な体育館でありながら、降りしきる雨と人の目と施錠された鍵によって隙のない完全な密室となっていた。唯一の容疑者として疑われた卓球部部長を救い出すために柚乃は文化部部室に住み着いた学校一の天才で探偵である裏染天馬に真相の解明を依頼する。しかし、天馬は重度のオタクでとてつもない変人だった…。

本作でまず最初に撃ち抜かれたのは主人公の名前が最初に登場する瞬間の劇的さである。学校のいう舞台を最大限に活かしたその演出はうっとりするほど素敵だ(その後のご本人登場はあまりに残念なわけだが)。主人公の裏染天馬は典型的なエキセントリックな非常識オタク名探偵だ。作品でアニメオタクが登場するのが苦手な人もいると思うが作者のセンスと匙加減がいいからかそれは気にならなかった(いい声の登場人物に松岡由貴を持ってきたところとか。あと戯言のキムチ丼のシーンとか誰が覚えてるんだよ)。とにかく裏染天馬がかっこいいのだ。今すぐシリーズを追いかけたくなるくらいに。

そして名探偵の魅力を十二分に映えさせる徹頭徹尾ロジックの推理展開も圧巻だ。本作の推理はある一つのなんの変哲もない証拠品から始まるのだが、その一つの証拠品でこれだけ推理が拡がるのかと目を剥くばかりだ。そして密室が開け放たれる瞬間。その快感には震えた。

個人的にもう一つ恐ろしいことがある。作者の青崎有吾は1991年生まれである。私と同い年なのだ。これには凹んだ。私より年下のアスリートや芸能人、それこれ声優などはもはやこの世にうじゃうじゃと溢れているが、これが最近一番凹んだ。こんなに面白くて隙のない作品を書く人が平成3年生まれにいるとは。平成3年の誇りだ。綺羅星だ。心の底から応援したい。

昭和の終わりにこの世に出た綾辻行人十角館の殺人を皮切りに始まった館シリーズ。その名前をユーモアたっぷりに受け継いだ平成の館シリーズとも言えるかもしれない(次は水族館の殺人だ)このシリーズはその名前に恥じない傑作だった。今からミステリを読もうとしている全ての人に自信を持ってオススメできる。必読です。

 

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書影。田中寛崇のイラストが素敵だ。

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言わずもがななエラリー・クイーン。ひとつの証拠品から導かれる快感はエジプト十字架っぽさがある。と思う。

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言わずもがなな十角館の殺人。名前は似てるが雰囲気は似ても似つかない。

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作中で触れられていたシリーズその1。ヒロインの名前が一緒。

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作中で触れられていたシリーズその2。私もクビシメが一番好き。剣呑剣呑。

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作中で触れられていたシリーズその3。やたらと思わせぶりなこと言うことで印象深い。最後どうなったんだろ。

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引きこもりの名探偵、学園内での密室殺人といえばこれを思い出す。イラストは変ゼミTAGRO。これも好きだったなあ。