「IQ」ジョー・イデ

 

日系人作家ジョー・イデのデビュー作で、エドガー賞の最優秀長編賞にノミネートされたのを皮切りにアンソニー賞、シェイマス賞、マカヴィティ賞のミステリ新人賞を総なめにした話題の作品だ。

アイゼイア・クィンターベイ。LAのロングビーチの黒人コミュティにひとりで暮らす寡黙な黒人青年。様々な職歴において手にした豊富な知識と器用な手先、そして類稀なる頭脳と観察眼を持つ。彼の現在の職業は探偵。人は彼をIQと呼ぶ。

過去の因縁から大金が必要となった彼はかつてのルームメイトにして裏社会での相棒で現在はギャングから足を洗ったビジネスマンであるドットソンから大口の依頼を受ける。それは黒人大物ラッパーの命を狙う殺し屋の雇い主を突き止めること。ラッパーの家の防犯カメラに映った殺し屋は並外れて巨大な闘犬を連れた不気味な男だった。ドットソンとともに調査に乗り出すIQだったが…。

あらすじだけを書き出すと一見、アメリカのハードボイルド調な探偵小説のような趣だが、その手触りは少し異なる。IQは従来のハードボイルド小説のタフで常識的な探偵とは異なり、天才型の名探偵なのだ。それもシャーロック・ホームズを彷彿とさせるような、人間の癖や身体的特徴から瞬時にその人間の性質を言い当てることができるような。ホームズは現場に残された煙草の灰を見ただけで犯人の性質を言い当てるが、IQは車を一瞥するだけでそのドライバーの性質を言い当てる。作者自身も幼いときからホームズの物語に熱中し、IQのことを「フッド(貧困家庭が多い黒人街)のシャーロック・ホームズ」だと語るくらいそのキャラ造形に深い影響を受けている。この天才型名探偵は最近のアメリカのミステリ小説では少し珍しいタイプのように感じた。

物語は現在と過去の二本の時間軸で進行する。現在の時間で起こるラッパーを狙う殺し屋を追う物語と、過去の時間で人生に躓いて犯罪者と堕したアイゼイアがやがてIQと呼ばれる名探偵へと生まれ変わるまでの物語だ。この現在と過去の物語がひとりの青年の姿を描いていく形式はスティーヴン・ハミルトンの解錠師を思い出させる。

解錠師のマイクも繊細で多感な少年であったが、アイゼイアも非常に繊細で独特の感性を有している。この世で最も尊敬する兄を失った彼は兄と約束した日向の世界で自分の才能を活かして生きることを投げ打ち、薄暗い裏社会へと自ら足を踏み入れていく。輝かしい才能を汚して歪めていく彼の姿は悲劇的だが、やがて途方も無い後悔を抱えることとなった彼は兄の亡霊に追い立てられるように自分の才能と人生に向き合っていく。その姿は崇高でとても気高い。

本作のワトスン役である元ギャングのビジネスマンにして料理上手の相棒ドットソンを始め、燃え尽き症候群の天才黒人ラッパーのカル、闘犬を従える元youTuberの殺し屋など登場するキャラクターの造形も現代的で魅力的だ。そして、LAの下町生まれ、黒人の友達に囲まれて育った日系人というユニークなアイデンティティを持つ作者が描くLAの黒人文化の描写も巧みで、ページを捲る手がグイグイ進む。ギャングスタ、ブラックミュージック、汚いスラングが好きな人にはたまらないだろう。

物語はIQが過去の因縁にひとつの区切りをつけたところで終わるが、そこからさらにまるでアメリカの連続ドラマのシーズン跨ぎのような物語の広がりを感じさせるラストを迎える。次作の日本での刊行も決定しているらしい。今から楽しみで仕方がない。

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